第7話
その日の夜。
いつも鳴らない私のスマホが、珍しく鳴った。
夫は家にいる。
連絡をくれるような友人も今はいない。
みんな、遠ざかってしまった。
誰?
スマホを持ち上げた時に画面に映る情報を理解するのに時間がかかった。
…え?
リンダくんの、あのアカウントだった。
私にメッセージ?
いや待って、そもそもあのアカウントはまだ使っていたの?
とても理解しがたい。
なぜ私に?
本当にリンダくん?
今までの投稿からして、リンダくんなのは間違いないんだけど。
とても信じられなかった。
動悸が止まらなくて、汗と血の気が引いて、目眩に似た症状が出る。
どうして?
本当に?
震える指で、通知をタップする。
その画面に飛ぶまで、すごく長く感じた。
[何があったの?]
紛れもなく、リンダくん本人のアカウントだった。
たった一言だったけれど、私にとっては誰にも取られたくない宝物になった。
推しが、リンダくんが、わざわざ私にメッセージを送ってくれた。
泣きそうだった。
トイレに駆け込み、口元を抑えて、涙を流した。
なんで泣いてるのかは分からなかったけれど、声を押し殺して泣いた。
結局、その日は私からは何も送らなかった。
私とリンダくんは住む世界が違う。
私なんかがリンダくんと関わっちゃいけない。
これは夢だった。
何かの間違いだった。
そう思うことにした。
夫には見つからないように、そのアカウントからはログアウトした。
アカウントIDとパスワードを忘れないように、定期的にログインしようと決めた。
辛いときは見返そうって。
それだけでよかったのに、私は欲張ってしまった。
もっと近づきたいと思ってしまった。
当時は、不倫関係になるなんて思わなかった。
ただのファンと推しの関係のはずだったのに、それが崩れるなんて思わなかった。
リンダくんとの距離が急速に縮んでいったのは、最初のメッセージのやり取りから3日後のことだった。
私がそのアカウントにログインしたのはあれから間もなかった。
何が悪かったのか分からなかったの。
何かの拍子で夫が怒って、私の頬を爪で抉った。
意味が分からないでしょう?
私も理解できなかった。
夫は私の頬を両手で掴んで、思いっきり爪を立てて私の頬を抉った。
その時の傷は、今もうっすらと残っている。
もうダメだって思った出来事だった。
もうリンダくんに縋るしかなくて、呆気なくアカウントを開いてしまった。
ログアウトしている間は通知が来ないから気が付かなかったけれど、メッセージに「1」という数字がついて光っていた。
まさかと思った。
[大丈夫?]
何の関係もない、ただのファンの私のことを気にしてくれた。
私は今までのことを話してしまった。
4.5行のメッセージを3通送った。
長くて読む気にもならないだろうに、リンダくんはそれを丁寧に読んでくれた。
数年もライブにすら行っていないようなファンに対して、ここまで優しくしてくれるのはリンダくんしかいないと思う。
[1度会って話がしたい]
アクションを起こしてくれたのは、いつでもリンダくんだった。




