第5話
静かな夜に、リンダくんの声しか聞こえない夜に幸せを感じていた。
歌う時はあんなに爽やかに優しく歌うのに、喋ると低くて無邪気で。
公式情報では私より2歳年上だけど、とても可愛く思えた。
グループ在籍時はメンバーに対してとてもいたずらっ子で、いつもみんなを笑わせてくれた。
そんな彼がたまに吐く弱音が、私にはとても響いた。
私はその度に
“みんなリンダくんのことが大好きだよ”
“私はこの曲に救われたよ”
“今日も笑わせてくれてありがとう”
なんて送っていた。
一度も返事が返ってくることはなかったけれど。
懐かしい気持ちに浸っていると、外から車の音が聞こえてきた。
夫が帰ってきた。
急いで配信を消して、布団から勢いよく出て綺麗にする。
夫が帰る時間に私は起きていないといけないから。
いつからこんなに夫が怖くなったんだろう。
いつからこんなにビクビクして過ごしているんだろう。
夫の帰りが憂鬱だ。
冷蔵庫に入れたご飯たちを温める。
そして急いで玄関へ向かう。
ドアが開くのと同時くらいに、私は玄関へ到着した。
「おかえりなさい」
いつもの目だ。
それはどんな感情なの?
無言で渡される鞄を私は静かに受け取る。
何も話さないのはいつものことだった。
「ご飯、温めてありますけど…先にお風呂に入りますか?」
「…先に食べる」
私は毎日、食べる様子を見ていなければいけない。
私は食べないのに、同じ食卓に座る。
ただ静かに食べるのを見続ける。
いただきますも、ごちそうさまも言わない。
食事のマナーが無駄に良いことがムカついた。
私たちの間に愛はもう、ない。
この人との子どもも欲しくない。
昔は美味しそうにご飯を食べてくれた。
肉じゃがに生姜を入れすぎた日も笑って許してくれた。
その笑顔に私は救われていたのに。
あの頃の面影を探しても探しても、見つけられない。
そのおかず、美味しくないよね。
塩分多めだもんね。
でもそれにすら気付いていないでしょう?
妻に殺意を持たれていることにも気付いていないよね。
幸せそうだね。
私は毎日、あなたたち親子に殺されるかもしれないと思いながら過ごしているよ。
その前に私が、あなたたちを殺します。
--なんて、そんなこと私にできる?
離婚する勇気もないのに。
想像をするだけでも吐き気がした。
ただ、そう思ってしまうくらいには限界だった。
毎日怯えて、毎日顔色を窺って。
自分の人生なのに。
夫に許可をもらわないと息も出来ないみたいに、生きている。
でも、人生を諦めたくない。
離婚するなら、子どもがいない今のうちしかない。
こんな人との子どもが産まれたら、絶望しかない。
私は育てられない。
愛してあげられない。
毎日、誰にも見つからないように避妊薬を飲んでいる。
独身時代の貯金から切り崩しているけれど、こんな生活ももう1年。
どんどん減っていく預金口座に焦りを覚えていた。
「明日、高校の頃の友人と出掛けます」
夫の手はピタリと止まる。
「夫の金で優雅にランチか。羨ましいものだな」
「…すみません」
「くれぐれも無礼のないように」
“俺の顔に泥を塗るな”
“恥をかかせるな”
あなたの口癖が、私の自信を無くさせていった。




