第13話
「やっほ!待った?」
駅の前で待ち合わせをしていた。
私は綾子さんから頂いたリップを薄めにつけた。
確かに似合っているように思えた。
今日も帽子とマスクをしているリンダくん。
前回と同じように、少し暗めの色で抑えたコーディネートだった。
かっこいい。
大好き。
声にならない悲鳴をあげてしまった。
「そういう反応楽しくて大好き」
子どものように無邪気な笑顔を向けられる。
今日もちゃんとリンダくんだった。
リンダくんがまた、私に会いに来てくれた。
いつも私からしか会いに行けない関係だったのに。
今はリンダくんから声をかけてもらっている。
しかも、2回も。
「金曜日の夜から待ってました」
「え〜?待ちすぎじゃない?俺のことめっちゃ好きじゃん」
当たり前だよ。
大好きだよ。
ずっと、ずっと大好きだったんだよ?
何年追いかけ続けてきたと思ってるの?
もう10年だよ。
初めて私の心を奪った男の人だよ。
ずっと好きに決まってる。
リア恋に近い感情を抱いていた時もあった。
歳が2つしか離れていないということも、私にとってリンダくんが恋愛対象になるには十分な条件だった。
そんな私に、リンダくんは度々少し眉を下げて笑いかける。
優しい笑顔なのに、どうしてだろう。
胸が締め付けられるような気がした。
「…あの、今日ってどこへ…?」
「ツムギちゃん、俺のイベントに全然来れてないじゃん?だから今日はツムギちゃんのためだけにライブでもしようかなと思って」
「…へ?」
なんともまぬけな声が出る。
こうして話してくれることさえ私にとっては贅沢すぎることなのに、さらに私のためだけにライブ?
そんなの、ダメ。
これ以上何かを与えてもらうのは、辛い。
何もお返しができないから。
「無理です、あの…私、夫からお小遣いとかももらえないからお金も払えないですし」
前もお金を使わせてしまったのに。
これ以上は申し訳ない。
本当にダメ。
「俺、元売れっ子だよ?貯金は引くほどあるよ」
「元って…そんなこと、ないのに」
強がるように笑う。
私にとってはずっと、ずっと人気者だよ。
LU℃ENTだった時、1番の人気メンバーだったじゃない。
1番ファンがいたじゃない。
元売れっ子じゃないよ、今も応援してくれているファンが多いから絶対にそんなことないのに。
どうしてそんな悲しいことを言うの?
「よーし!じゃあ行こう!」
「え、ちょ、待って!」
渋る私の手を取って、楽しそうに歩き出す。
リンダくんが、私の世界を変えてくれる。
やっぱり太陽みたいな存在だ。
眩しすぎるよ。
こんなの、楽しくなっちゃうに決まってるじゃない。
私はリンダくんにされるがまま、カラオケまで来てしまった。
受付も済ませ、すぐに部屋へ入る。
「ごめんね〜ギターは持ってきてないから弾き語りはできないんだけどさ」
機械をポチポチ押して、曲を選んでいる。
悩みながら探しているのが、可愛かった。
リンダくんはかっこいいし可愛いし、ずるい。
どうしてもどんどん好きになってしまう。
でもそれは、ファンとして。
恋愛感情には今更ならないんだろうな。
それはリンダくんも同じで、あくまで1人のファンとして。
それ以上にはお互いに、どうしてもなれない。
曲を選び終わり、マイクを持って立つ。
「あれ〜?今日はお客さんひとり?」
時が止まった。
ステージで見るリンダくんが、そこにはいたから。
カラオケの小さな部屋なのに、大きなステージに見えた。
「ハート落としちゃった、拾ってくれる?」
右手でハートの片割れを作るリンダくん。
全身にブワッと鳥肌が広がる。
やばい。
やばい。
リンダくんだ。
久しぶりの、リンダくんだ。
私は気がついたら泣いていた。
泣きながら、私も右手でハートの片割れを作って重ねた。
綺麗な歌声が私の耳を優しく包む。
ううん、耳だけじゃない、全身。
リンダくんの歌声を聞くと全身がフワフワする。
リンダくんの歌う世界に引き込まれる。
花が咲いたり、空を飛んでみたり、シャボン玉に閉じ込められたり。
雨が突然降ったり、晴れたり。
とても不思議な世界に連れて行かれるの。
前回以上に現実感がなかった。
何度も“私のためだけに歌ってほしい”と思っていた。
それが現実になってしまうと、言葉では表せない思いでおかしくなりそうだった。
いつもはうるさいくらいの観客の声が今日は何も聞こえなくて、代わりにリンダくんの歌声だけが響いていた。




