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第15話 友人たちは、俺の青春を見逃してくれない

 俺には、学校でいつも一緒に行動している友人が二人いる。


 一人は柏木武久かしわぎ・たけひさ。額に巻いたバンダナが妙に目立つ、声も動きも大きなクラスのムードメーカーである。本人いわく、バンダナは「燃える青春の証」らしいが、体育祭でも文化祭でもない普通の日にまで着けているため、もはや誰も理由を尋ねなくなっていた。


 もう一人は村田康介むらた・こうすけ。武久とは対照的に物静かで、どんな騒ぎが起きても一歩引いた場所から状況を整理できる。成績も良く、感情より理屈を優先して物事を判断するため、武久が暴走したときの制御役を担うことも多い。


 そして俺――守若秀を加えた三人で、入学以来ほとんどの時間を過ごしてきた。


 俺が目立つ性格ではないことも、玲奈と親しくなってから彼女にだけ冷たくされ続けていたことも、二人は知っている。あの頃は余計な詮索をせず、俺が話したくなるまで普段どおり接してくれた。


 だからこそ最近、玲奈との関係が急速に変化したことについて、二人が何も言わずに済ませるはずがなかった。


「秀ぅぅぅぅ!」


 朝の教室へ入った瞬間、武久が机を蹴飛ばしかねない勢いで駆け寄ってきた。


 額の赤いバンダナが風を受けて揺れ、その後ろでは康介が開いていた参考書から静かに顔を上げる。


「朝からうるさい」


「うるさくもなるわ! 昨日、神楽坂さんと旧校舎裏で密着してたって話、本当なのか!?」


「密着はしてない。肩に額を預けられただけだ」


「それを世間では密着と言うんだよ!」


 武久は両手で頭を抱え、大袈裟に仰け反った。


「学校一の清純派アイドルに肩を貸す青春! しかも相手は、お前にだけ冷たかった激重後輩! どうして俺を現場に呼ばなかった!」


「呼ぶ理由がないだろ」


「友人の恋愛イベントを最前列で見届けるのは親友の義務だ!」


「それは義務ではなく野次馬だ」


 康介が淡々と訂正する。


 机へ肘をついたまま俺を見る視線には、武久ほど露骨ではないものの、興味と安堵が混じっていた。


「それで、関係は改善したのか」


「ああ。まだ全部が元どおりになったわけじゃないけど、互いに話すようにはしてる」


「元どおりに戻す必要はないと思うけどな」


「どういう意味だ?」


「以前の関係には、神楽坂さんが冷たい態度でお前を試し、お前が本音を察しきれずに傷つく構造があった。戻るなら同じことを繰り返す。今のお前たちは、前とは違う関係を作っている途中なんだろう」


 康介の言葉は、俺が薄々感じていたことを明確に言い表していた。


 俺と玲奈は失敗をなかったことにしようとしているわけではない。傷ついた事実も、互いに間違えたことも残っている。その上で、言葉を交わしながら、新しい距離を作ろうとしている。


「相変わらず分析が堅いな、康介!」


 武久が俺たちの間へ割り込む。


「要するに、今は恋人未満だけど限りなく恋人に近い超絶青春状態ってことだろ!」


「語彙が急に雑になったな」


「細かいことはいいんだよ! 秀、お前は神楽坂さんのこと好きなのか?」


 教室の空気が一瞬だけ変わった。


 周囲で会話していたクラスメイトの何人かが、露骨にこちらへ耳を傾けている。最近の噂を考えれば、俺の答えに興味を持つ人間がいるのも当然だった。


 適当に誤魔化すこともできた。


 しかし俺は、自分の感情を分からないふりで逃げるつもりはない。


「好きになってると思う」


 武久の口が開いたまま固まった。


 康介は僅かに眉を上げただけだったが、参考書を閉じる手が止まっている。


「まだ玲奈へ告白できるほど全部整理できたわけじゃない。でも、あいつを他の後輩と同じようには見てない。大切だし、誰かに譲りたいとも思わない」


「お、お前……」


 武久の肩が震え始める。


「なんだよ」


「格好よくなりやがってぇぇぇ!」


 次の瞬間、勢いよく背中を叩かれた。


「痛い!」


「俺は嬉しい! 陰で神楽坂さんに冷たくされて落ち込んでた秀が、自分の気持ちを逃げずに認める日が来るなんて!」


「言い方に悪意があるぞ」


「でも事実だろ!」


 否定しづらい。


 玲奈に強く拒絶された直後、俺は二人の前で平静を装っていた。それでも、武久も康介も俺が傷ついていることには気づいていたのだろう。


 康介が静かに口を開く。


「神楽坂さんだけでなく、千堂さんからも好意を向けられているんだろう」


「ああ」


「そのことを理解しているなら、対応は慎重にした方がいい。誰かを選ぶ意思を示さないまま、双方の好意だけを受け取る状態が続けば、お前にそのつもりがなくても二人を傷つける」


「分かってる」


 千堂の気持ちも、もう単なる対抗心ではない。


 玲奈を一番大切にしたいという意思は変わらないが、だからといって千堂の好意を軽んじていいわけでもなかった。最終的に応えられない可能性が高いからこそ、曖昧な期待だけを与えることは避けなければならない。


「ただ、今すぐ答えを出すのが誠実だとも思わない。玲奈はまだ傷を抱えてるし、千堂も自分の気持ちを確かめてる途中だ。俺も二人に向き合って、その上で決める」


「それでいい」


 康介は短く頷いた。


「鈍感なふりをするよりはずっとましだ」


「そうだぞ秀!」


 武久が再び肩へ腕を回してくる。


「俺たちは全力で応援する! 基本的には神楽坂さんを!」


「基本的には?」


「千堂さんも面白いから、ちょっとだけ波乱を期待してる!」


「応援と娯楽を混ぜるな」


「青春ラブコメは波乱があってこそだ!」


「当事者の苦労を娯楽にするな」


 康介が武久の腕を俺の肩から外した。


「柏木は放っておけ。ただ、困ったことがあれば話せ。お前は一人で抱え込んで結論を出す癖がある」


 その指摘には反論できなかった。


 玲奈と赤の他人になると決めたときも、俺は誰にも相談しなかった。自分の中だけで玲奈の望みを決めつけ、関係を断つことが最善だと思い込んだ。


「分かった。次は相談する」


「よし!」


 武久が机を叩く。


「では早速、放課後に三人で恋愛作戦会議だ!」


「相談するとは言ったが、作戦を立てろとは言ってない」


「議題その一! 神楽坂さんに自然な形で告白させる方法!」


「俺から告白する可能性を最初から消すな」


「議題その二! 千堂さんの猛攻をどこまで許すか!」


「お前が決めることじゃない」


「議題その三! 俺にも美少女との出会いを!」


「それは自分で何とかしろ」


 教室に笑い声が広がった。


 少し前まで、玲奈との関係について触れられること自体が苦しかった。自分が一方的に勘違いしていたのだと思い込み、誰かに話せば惨めさが増すだけだと考えていた。


 けれど今は、こうして友人たちにからかわれることさえ、悪くないと思える。


 自分の恋愛を面白がりながらも、本当に傷ついたときには黙って隣にいてくれる。武久の騒がしさも、康介の冷静さも、俺が一人で抱え込まずに済むための支えだったのだろう。


 昼休みになると、教室の前に玲奈が現れた。


 俺を見つけた瞬間、彼女は周囲へ向けるものとは明らかに違う甘い笑顔を浮かべる。


「先輩、お迎えに来ました」


「おう」


 俺が立ち上がるより早く、武久が玲奈の前へ躍り出た。


「神楽坂さん! 秀の親友代表、柏木武久です!」


「知っています。いつも先輩の近くで大きな声を出している方ですよね」


「認識が騒音なんだけど!?」


 玲奈は小さく笑い、今度は康介へ視線を向ける。


「村田先輩も、いつも秀先輩がお世話になっています」


「こちらこそ。守若が一人で無茶をしたときは、止めてやってくれ」


「はい。先輩の心身は私が責任を持って守ります」


「責任の範囲が重いな」


 康介が淡々と返し、武久は感動したように両拳を握った。


「秀! 良い後輩じゃないか! 絶対に泣かせるなよ!」


「教室中に聞こえる声で言うな」


「いえ、聞かせてください」


 玲奈は俺の隣へ並び、制服の袖をそっと握った。


「先輩が私を大切にしてくださっていることも、私が先輩を誰より大切に思っていることも、隠すつもりはありませんから」


 迷いのない声だった。


 以前の玲奈なら、俺への好意を悟られることを恐れ、わざと冷たく振る舞っていた。今は違う。愛情を試す道具にせず、自分の意思として言葉にしている。


「神楽坂さん」


 武久が突然、深々と頭を下げた。


「秀をよろしくお願いします!」


「お前は俺の親か」


「お任せください。先輩の一生を大切にします」


「玲奈も話を大きくするな」


「一生……」


 武久が感極まって目元を押さえ、康介は小さく息を吐いた。


「守若。昼休みが終わる前に行った方がいい」


「助かる」


 俺は玲奈と教室を出た。


 背後から武久の「青春だぁぁぁ!」という叫びが聞こえ、それを康介が静かに制止する声が続く。


 騒がしくて、面倒で、けれど失いたくない日常だった。


 玲奈との関係だけではない。


 武久と康介と過ごす時間もまた、俺の青春を形作っている。


 そしてこれから先、俺がどんな答えを選ぶとしても、あの二人はきっと面白がりながら、最後には俺の背中を押してくれるのだろう。

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