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逃げろ!

 クーシェの父さんの心臓から、私の心臓に向かって青黒い筋が走る。それと共に、身体にドロッとした重いものが流れ込んできた。


「お、おえぇっ」


 何これ。すっごくムカムカする。外から逆流してきた感じで、めちゃくちゃ気持ちが悪い。確かに、おじさんの何かを奪ったという重みを感じた。


「と、父さん? なんで急に倒れて……」


 あ……。クーシェは、死んだとは気づいていないんだ。地面に押さえつけられていたクーシェは身体を起こしながら、意味が分からなくて挙動不審になっている。


「もしかして、マリが何かしたの?」

「もしかしてって……。青黒い筋みたいなのがおじさんから私に向かってきていたでしょ?」


 クーシェはきょとんとした。あのときクーシェはおじさんを凝視していたのだから、気づかないはずがない。


 ……もしかして、見えていない? 私以外には、見えないとか?


「あ、その……。私のユニークスキルなの。魂を奪うスキルをもらって……」

「え? え? 魂を奪うって、まさか……」


 クーシェはおじさんと私を何度も見比べて、おどおどし始めた。それから、おじさんの体を強くゆする。けれど、おじさんは何も反応しない。がたいのいい筋肉質の体が、左右に揺れただけ。


 ……いつまでもおじさんをゆすり続けるクーシェを見て、私はハッとした。


「ご、ごめ……」



 そう、だよね。クーシェにとっては、唯一のお父さんなんだもんね。……たとえ自分に向かって、短剣を振り上げたとしても。


 人を、殺してしまったんだ。自分が何をしたのか、本当の意味で分かってしまって、強烈な罪悪感に襲われた。


「……マリは、悪くないよ」

「えっ?」


 クーシェの声は、震えていた。優しげなこげ茶の瞳から、とめどなく涙があふれ始める。


「父さん、僕がもらったユニークスキルを説明したときね、今までで一番怖い顔をしたんだ」


 クーシェは、ぽつりと口を開いた。視線の先には、冷たくなったおじさんの顔がある。


「僕を森に連れだしたりして、でも、本当に僕を、こ、殺そうとするなんて思わなかった。なんで、なんでうちの父さんはそんなことするんだって思ってたら、急に父さんが、倒れて……」


 何度も涙を手で拭う。私はクーシェの背中に手を置いた。


「僕は助かったのに、父さんは死んで……。うぁ……。わけわからないよぉ……」


 クーシェはおじさんのことが嫌いだったし、ずっと怖がっていた。それでもクーシェにとって、父さんは父さんだったということだ。

 クーシェの父さんを奪った私は、クーシェの隣で動かなくなったおじさんを見つめる。



 しばらくして、クーシェの涙が少し落ち着いてきた頃、ふいに遠くに人の声のようなものが聞こえた。


「だ、誰かいる!」

「……逃げよう。マリ」


 しゃがみこんでいたクーシェは、私の腕をつかみながら立ち上がる。


「で、でも……」


 視線をおじさんの方に動かす。クーシェは、おじさんをこのままにしていていいのかな。


「マリがやったって知られたら、大変だよ。僕も……もう家になんか帰りたくないし」


 神の森での子殺しは罪にならないけど、大人を殺してしまったとなれば大問題だ。クーシェがそう言うのなら、選択肢は1つしかない。


「分かった」


 クーシェと手を繋ぐ。さっきまでおじさんを見て泣いていたクーシェが、本当に放っておいていいって思ったわけがない。それでも、クーシェは私のために逃げようと言ってくれたんだ。



 クーシェと一緒に、来た方向とは逆方向に駆け出す。クーシェは涙を散らしながら、手に込める力を強める。私も、強く握り返した。鬱蒼とする、暗い暗い森の中を、クーシェと一緒に走り抜けた。



「そ、外だ」


 森を出て、急に外が明るくなった。外の風が当たって、クーシェの黒い髪がばさりと揺れる。


「もう安心だね、マリ」

「……そうとも言えないよ。おじさんがあんなことになっているのはすぐに見つかる。クーシェがいなくなっていたら、街のみんながクーシェを探し始めるかも」


 クーシェはみんなにのけ者にされていたけど、クーシェの両親はそうじゃなかった。夫婦で魔物狩りの冒険者をしていて、強くてみんなを守ってくれるヒーローだった。


「そ、それじゃ大変だ! もっと遠くに逃げないと!」

「うん。とりあえず、隣街に向かおう」


 私たちは後ろを気にしながら、速足で歩いていく。魔物が出てきても私たちじゃ戦えないから、逃亡者の身でありながら、すぐに逃げられる街道を通るしかなかった。人通りがあるせいで、ちょっとでも目立たないようにと思うと、走ることもできない。


 女子高生の麻里なら、自然な感じでもうちょっと速く歩けるのに、と思いながら、クーシェと一緒に必死で足を動かした。



 声が聞こえる範囲に人がいないのを確認してから、クーシェに私のユニークスキルの説明や悪魔の話をした。これから逃げるなら、ユニークスキルの話はしないわけにいかない。


「それは大変だったね。おかげで僕は、助かったけど」


 目の前で父さんが殺されたことはまだ受け入れられていないと思うけど、表情は穏やかだった。


「クーシェはどうだったの? 守護神は? どんなユニークスキルをもらったの?」


 おじさんがあんなことをするくらいだから、良いスキルなわけはない。クーシェが自分で言い出すのを待った方が良いかとも思ったけど、こちらも早めに情報共有しておきたかった。


「守護神は探索の神だったよ。……そこまでは良かったんだけどね」


 探索の神は、神階は1番下だけど、同じ4等神の中ではマシだって言われている。人を探せるとか、なくしものを探せるとか、便利なスキルが多いからだ。


 おじさんがあんなことをするぐらいだから、そういうスキルじゃなかったんだろうけど。


「ユニークスキルは、樹木探索(ツリーサーチ)だよ。守護神は探索の神で、近くに木があるかどうかが分かるんだ」


 人や物じゃなくて、木なんてのもあるんだ。どんな木かが分かったら、木の実を採集するときには便利かもsれない。


 ……仕事にするとなれば、一生採集してなきゃいけないことになるけど。子どもがする仕事をずっとなんて、嫌だよね。


「えっと、どんな木があるか分かったりするの?」

「ううん。木の種類は分からないんだ」


 あちゃ~。ホントにあるかどうかが分かるだけなんだ。


「で、でも、見えなくても近くに木があるかどうかが分かったら、便利、だよね」


 人のスキルをあんまり無能だと思いたくなくて、私は使えるところを頑張って探そうとする。でも、クーシェはぶんぶん首を振った。


「教会の外に出てからちょっとやってみたけど、目に見える範囲しか分からなかったよ」


 それは……。目で見て分かるなら、わざわざスキル使わなくてもいいよね。


 重ねていろいろ聞いていったけど、あるかどうかが分かるだけで、何本くらいあるかもわからないし、どの方向にあるかも分からないらしい。


 おまけに、たった3回使っただけでフラッとしそうになったそうだ。

 ……そっちは魂の器が小さくて、魔力の最大量が少ないせいだね。ユニークスキルにしても、コモンスキルにしても、スキルを使うと器の中の魔力を消費する。


「それを聞いたら、父さん、強引に僕を森に引っ張っていったんだ」


 クーシェは身震いした。嫌なことを思い出させてしまった。女子高生の記憶が蘇ったせいか、何だかなでなでしたくなる。クーシェの方がちょびっと背が高いから、自然ななでなではできないけど。



 ……私たちがどんよりしていると、物陰からフッと何かが飛び出してきた。


「わっ! 魔物だ!」

「ほんとだ! マリ、走るよ!」


 ぜんぜん可愛くないけど、犬みたいな魔物だ。名前、なんて言うんだっけ。忘れちゃったけど、とにかく今は急いで逃げないと。またクーシェと手を繋いで、走りだす。



 ――だけど、遅かった。


 2人してしんみりしていて気づくのが遅かったせいで、回り込まれてしまった。慌てて、バックしようとするけどもう遅い。


「そ、魂剥奪(ソウルディプリベイト)!」


 思わず言ってみた。でも、当たり前のように効かない。魔物にはダメなんだ。

 クーシェにも、私にも、戦う手段はない。犬もどきは、完全に私たちをロックオンしている。


「マ、マリ!」


 クーシェより前にいた私に向かって、犬もどきは一直線に駆け出してくる。


 私にたどり着くまで、あと3歩。2歩。


 ――もうダメ。


 やられると思ったその時。目前に迫った犬もどきは、突然苦しみだした。呻き声をあげ、数秒後には消失した。


 ……えっ? なにごと?

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