エピローグ -???-
立っていた。
窓のない広い部屋の中央に、七人が横並びに立っていた。
「どこだここ」
神部がきょろきょろと辺りを見回す。
見覚えのない部屋だ。床の模様に若干既視感を抱く。
現代世界ではなさそうだ。どちらかというと、先ほどまでいた洋館で感じたようなにおいがする。
上ばかり見回す阿戸鳴達、一方、足下に何かを見つけた場木が神部の袖を引っ張る。
「どうした?」
場木が指さす方を一緒に眺め、何かに気付いた神部はその何かに向かって駆け寄る。
「安佛!? 安佛なのか?」
背を向けて眠る男子生徒を揺り起こす。
「う……」
「おい、起きろ」
もぞもぞと鬱陶しそうに動く。
「もうちょっとさ寝たいんだけどさ、母さん」
「誰が母さんだ」
丸まった背中に蹴りを入れる。
突然の蹴りに驚いたのか、声に驚いたのか、ばたばたっとひっくり返った亀のように手足を動かす。
「か、神部っすか?」
何故か正座して見上げてくる安佛を、腕組みして仁王立ちで迎える。
「起きたか」
「うっす」
彼の隣にしゃがんだ神部は、何も言わず背中を叩いた。
「……痛いっす」
うつむいた彼は背中に腕を回して撫でる。身体が硬いのか、患部に届いていない。
「暴力は感心いたしません」
聞き覚えのある声に、顔の筋肉が引きつる。
声の主の方を見て、姿を確認すると先ほど奇っ怪な行動をした呪術師だ。
「何でアンタもいるの」
半ば呆れ気味に無量が聞く。
「異界の剣の作用です」
そう言うことが聞きたいんじゃなくてと無量の声にイライラが混じる。
そんな様子を知った風もなく、呪術師は壁に歩み寄る。
「この部屋は……ああ、あのお方はなんて事をなされたんでしょう」
小さな子のいたずらを微笑むように優しい声。
その手先は壁に付いた傷を優しく撫でる。
「ねえ、ここがどこかアンタに分かる?」
結構不機嫌な言葉に、呪術師は手を止め無量の方を見た。
そして目をそらしてから少しの沈黙を置いて、くっと唇を噛んだ。
「少々お待ちいただけますでしょうか」
「これ以上何を待てっていうのよ」
無量が文句を言っている間に、見覚えのある振る舞いを始める。
「彼は、満たされました」
そう言って、細く付いた傷にそっと口を付けた。
壁から手を放すと、今度はその隣の傷に。隣の壁に。
よく見ると、その傷は金属の針で壁を削った様な傷。
「かの王子の世界は、満たされました」
あの触れれば元の世界に帰るという剣で付けられた傷。
本当にあちこちに付いている。
このただっぴろい空間でどう暴れればこんなに壁が傷つくのか。
そうして、呪術師は部屋を一周した。血の気の薄かった唇が赤らんでいた。
「空虚のままに付けられた傷は満ち足りた心で埋められました」
最期の傷に口づけたとき、眼前の世界が変わった。
目のくらみそうな蛍光灯の光の元、上向は教卓に立っていた。
パソコン机の前に突っ伏していた生徒達と、その後ろでやはりパソコン前に座っている雁瀬先生。
蓮村の姿が見えないが、代わりにいなくても良い奴がいる。
「呪術師、さん?」
窓の前に佇んでいた土色のワンピースを着た女性は、声に驚いたのかドアに体当たりをして跳ね返ってきた。
押して開かないと気付いた彼女はわたわたしながら、取手の存在に気付き横に引いて扉を開けた。
開いた扉の向こうには、見覚えのある無機質な廊下がある。
彼女はスカートを手で押さえながら走り出した。
「呪術師……さん?」
止める間もなく駆け抜けて行ってしまった。
開け放たれた扉の向こうから、あぶねーな、だの不審者だ、だの叫び声が聞こえてくる。
「上向先生。あれは止めなきゃだめでしょ」
雁瀬先生が呆れたように言う。
「僕がですか?」
「そう、君が」
何て無茶なと思った上向の横で、そりゃ無理だと阿戸鳴が笑う。
大音量で教室と廊下のスピーカーからチャイムが鳴った。
「これ何のチャイム?」
目前のコンピュータを見つめながら無量が呟いた。
時計は六限目、授業の終わりを示していた。奇妙なことに、日付は進んでいない。
「えーっと、じゃあ、長かったですけど、これで今日の授業は終わりです。ホームルームは遅刻しないように」
混乱している生徒を見送り、鍵を持って外に出ようとした所を雁瀬先生に止められた。
「さて、上向先生には片付けしてもらおうかね」
かつての乱闘のせいで散らかっているコンピュータ教室を指さした。
「いや、僕もホームルーム行くんですよ」
鍵をかけた後、雁瀬先生を追いかけるようにして職員室へと向かった。




