四十話目 じゃあな
二つ目の棺を部屋の外へと引きずってくる。
今度は随分と慎重に、敬意を払って丁寧な運び方だ。
肩で息をする王子が剣に手をやったときに、声が響いた。
「だ、だめです。だめなのでございます」
随分慌てた様子で女が叫ぶ。
どこかで聞いたような声だが、誰の声か分かったのはその場で硬直している王子だけのようだ。
「ご無礼をお許しください。ですが、今のままではその寝具を開けてはなりません」
土色のワンピースを翻して駆け寄って来た女こそ、お捜しの呪術師本人だ。
切れた息の合間に必死で訴えてくる。
「開けてはなりません」
目を覚ました王女を含め、周りはきょとんと見つめるほか無かった。
王子はカタカタと小刻みに震える。その姿に若干、王と対面したときの様子が重なる。
恐怖に負けず、棺に向いていた剣を呪術師に突きつけた。
「貴様の言うことは聞かない。外の影響を受けないというのはそう言う呪いだろう」
それは必死に絞り出した声だったが、事前に決められた定型文のようにかすれることはなかった。
「王子様、どうかお許しください。寝具に寝ていらっしゃいますのも、王様お后様王女様、皆様をお守りしたい一心で施しました術でございます」
手を組み合わせどうかどうかと懇願する。
ぴくりとわずかに王子が動いた気がしたが、彼はやはり呪術師を無視することに徹している。
代わりに無量が尋ねる。
「どうしてあんな箱に閉じ込めることが助けになるの? そんなに王子様をひとりぼっちにしたいわけ?」
「滅相もございません。ワタクシはただ……」
「ただ?」
けんか腰でにじり寄る。
「この屋敷にかけた呪術が、今の、お眠りになっている王様達にはその、よくない影響を、及ぼすので……」
「じゃあ、おかしいでしょ。王様達を起こそうとする王子様を止めるんじゃなくて、屋敷にかけた術を解きなさいよ」
しどろもどろになっていく呪術師を、追い詰めていく。
「でも」
「デモもストもテロもない!」
無量の大声に、呪術師は目をつぶって耐えた。
次の砲撃が来ないことを少しまぶたを開けて確認すると、そのまま王子の様子も一瞬見た。
「亡霊の王様がもういらっしゃいません。わかりました。その願いワタクシにお任せください」
部屋いっぱいに描かれた太陽除けの紋の前に跪く。
「我は満足した。塵となり消えよ」
そしてそっと、地面に口づけを。
砂山が崩れ落ちるような音と共に、かつて王が描いた紋は姿を消した。
一礼して起き上がる。
棺の足りない部屋の中央部に歩いて行くと、また紋の前に跪き、呪文と口づけ。
風が吹き渡るような爽快感。濡れた服を脱ぎ捨てたような清浄な空気。
一礼して起き上がり、もう一度跪く。
彼女が地に口づけをする。
強すぎる光が和らいだ気がする。濃すぎる闇が和らいだ気がする。
失った影が身体に流れ込んでくる。地に久々に足を付けたような感触。
声が聞こえる。人がいる。
騒がしい。
多くの人が慌ただしく辺りを駆け巡っている。
ここは無人の洋館ではない。
国なのだ。
王をいただく国なのだ。
我に返った時には、部屋の中には人々が控えていた。
掃除をするもの、荷を運ぶもの、走り回っているものが居れば、身動きせず佇んでいるものもいる。
悲しげな目をした呪術師が、二つの棺を見下ろしている。
ちらりとその方を見たが、王子はまた目前の棺に目を戻し、剣を振りかぶった。
中から出てきたのは見たことのない女だった。
そこらを美しく走っている使用人と同じ格好をした女。
何故ここにと首をかしげている彼女は王子を確認すると一礼をして走り去っていった。
先ほどからめまぐるしく変わった洋館の状況に、先生達は目を丸くするばかり。
ただ、呪術師の前に並ぶ棺の中に、不在の王とその后がいるだろうとは予想が出来た。
「先にもう一つ術を解きいたしてもよろしいでしょうか」
棺に近づいた王子に向かい、申し訳なさそうに顔を上げる。
反応はない。反応はしない。
「あまりでございます。ワタクシも大変反省してございます」
棺の方にしか興味がなかった仮面はそこでやっと呪術師に向く。
「ありがたき、幸せ」
王子に反応する間も与えず、呪術師は仮面に口づけをする。
撫でるよりも軽い、一瞬の接触。
「この剣を大切にしていただき、ありがたいばかりでございます」
そうして彼女は硬直している王子の剣を奪うと、自らの真ん中に突き立てた。
彼女は消えた。
空虚な音を立て、無力な剣が転がってくる。
王子は終始動かなかった。
「うっわ。トラウマもんだね」
とんでもないショーを見せられたと、雁瀬先生は片手で目を隠した。
「なんで?」
無量が首をかしげる。
「メンヘラが幸せって言いながら一目惚れ相手の持ち物で自殺する」
場木が寒気を伴う言い方で説明する。
「自分に置き換えてみる?」
場木の追い打ちに無量だけでなく、生徒達はおのおの背筋に寒いモノを感じた。
軽い音が響いた。
音の方を見ると仮面が落ちている。
ふわふわとした長めの髪。線を描いたような美しい輪郭。その中に治まっていたものが姿を現す。
艶のある土台に目鼻立ちが中央に寄った、幼さの残る容姿。
驚きのせいか虚ろに開かれ、硬直している。
無量が真っ先に調査に伺ったが彼の再起には時間がかかりそうだった。
王子がやっと精神的ショックから立ち直ったのは、妹のおかげだった。
若干嫌そうにして転がる剣を手に、棺を撫でる。
白い靄に覆われ、部屋中がパニックに陥った。
しかし王が姿を見せると、訓練された使用人達はぴたりと戸惑うのを止め、逃げるように仕事を再開する。
それを満足げに見渡し、最後に目前の人々に目を留める。
「そちらのおかしな服を着たもの達は?」
王の問いに、無量がわざとらしく腕を組んでみせる。
「王様の元に、支配権を返してあげた人たちよ」
少し間を置いて面白い冗談だと、大笑いする。
調子を取り戻した王を目前に王子と王女はかしずいた。王妃は何も言わず微笑んでいた。
「な、笑う事じゃないんだけど」
格好付けたつもりだった無量の慌てっぷりに、神部もくっくと笑っていた。
「一列に並べ。帰してやろう」
本物の玉座に座る王の前で、王子は命令をだした。
「元の世界に帰してくれるっていわれる分には良いけど、要するに切られるんだよな俺達」
ぽりぽりと頭の裏をかきながら言われるままに並ぶ。
「早く役目を終え、この剣を封印したい」
呟く王子の声を端にいた場木だけが耳ざとく聞いた。
やっぱり堪えてると顔にも出さず心の中で呟いた。
「覚悟は良いな」
「待って、そんな言い方はないだろ?」
阿戸鳴の言葉にふむと王子は顔を曇らせ思考を巡らせる。
良いのが思いついたのか改めて顔を上げると口に出す。
「最期の言葉を聞いてやろう」
「止めろって。違う、そうじゃない」
これでもだめかと再び熟考する。
「せめて、笑顔で見送ってくれよ」
王子は驚いた顔を向けた。
「そうか、笑顔か」
思考の時にあごに当てていた片手で、口角を撫でる。
柔和な顔が正面を向いた。
「じゃあな」
今度は阿戸鳴が止めることはなかった。
王子は何も聞かず、何も待たず。横薙ぎに一閃。
それだけだった。




