三十九話目 呪術痕をたどり
「気分が悪くなるところを探して欲しい?」
叩き起こされた蓮村が辛そうな顔をしているのは何も身体がだるいせいだけではない。
目の前にいる女子高生が何を言っているのか理解に苦しんでいた。
「そう! 蓮村先生は術に敏感なんでしょ。だから、協力して!!」
王子様にかけられた呪術師の術を判別しろと遠回しに言っているのだとやっとのことで分かる。
蓮村は乱れた長い髪を無意識のうちにいじっていた。
必死に訴えてくる無量の後ろに件の王子様が腕組みをして佇んでいる。
うーんと唸りながら目をつぶり、眉間に指を当て深く思考を巡らせる。目の前の人物は引っかかるところが全くない。この城の中の気になる場所は二カ所だけで、使用人部屋にあった老婆の忠告も謁見の間もすでに見に行った。
ぐるぐると頭の中で気になるところを思い描く。
「駄目、わからない」
「わからないじゃなくてさー」
何か答えてあげたいが、何も言葉が浮かばない。
もういいと言い捨てた時のひどく見下すような目が蓮村の気分を害した。
「やはり無理だ」
高ぶりかけた気を思い声が沈める。
王子が力無く首を横に振っていた。
「呪術師を君たちが消したというのなら。この城に今以上の災厄がもたらされないというのなら。それで、もういいのだ」
諦めの境地を感じさせながら、すっと剣を抜く。それはまっすぐ無量の首筋にあてられた。
鉄の感触に息を吸い込むような短い悲鳴を上げる。
「さあ、帰ってくれ」
仮面の奥でうつろな目がゆっくり瞬きする。
最後の一言を残す時間を無量に渡した。
しかし、その言葉の前に場木が声を上げる。
「呪術師さんはまだ、いる、かも」
場木の言葉は全員の注目を集めた。
「何を言っているんだね」
珍しく雁瀬先生が反応する。
山羊の亡霊として現れた呪術師。彼女は間違いなく雁瀬先生の手の中で、滅びている。
「あれは亡霊でした。亡霊は消えましたけど、蓮村先生みたいに天使と亡霊が両方存在してもおかしくないです」
むと雁瀬先生は口を閉ざした。
「それに、王様と一緒にいた変な亡霊は”呪術師”が作ったものだと言っていました。私と神部さんはともかく、阿戸鳴くんは山羊を消した後にしか影に食べられたことは無いはずです」
場木にしては珍しく、語気の強い言い方だった。
自信の表れではなく、今のこの場をなんとか変えなければという必死さを感じる。
「まだ、いる、だと? あいつが」
謁見の時のように、王子の挙動が不審になってきた。
「ちょっと、これ降ろしてくれない?」
恐怖からかうわずった声で無量が剣を指さして言う。カタカタと震える剣は今にも首筋に傷を付けそうだ。
聞く耳は持っておらず、震えこそ止まったが今度は硬直している。
無量はそっと後退った。
数秒の間を置いて、仮面が蓮村を向いた。その奥の目は哀れな小動物のようで手をさしのべたくなる。
「いくら変なところが敏感っていわれても人の気配を感じるっていうのは別で」
うるうるうるうる。
「……」
目を見ていると何も言えなくなってしまった。
もう一度目を閉じ、眉間に手を当て思考を巡らせる。
何か引っかかる。
もっと繊細な違いについて意識を傾けてみる。
「もしかすると、謁見の部屋の周りに何かあるかも」
あまりに謁見の間から漏れ出す術が大きすぎて、どこからどこまでが一つの術なのか判別が出来ない。
けれど、この大きい術が一つの術ではないことは確かだ。
脈が違う。
蓮村にはそう感じた。数通りの術が同じ場所で各々脈打っている。
「あの部屋だけで大きな術が一つと他に四つ以上別の術が敷いてあるから、呪術師の手がかりがあるかもしれない」
「行くのでしたら日が出ている間が良いでしょう。早く行きましょう」
上向が乗り気だ。
それに頷く生徒達。阿戸鳴が途方に暮れている王子の背中を叩き、誘った。
そもそも、この城全体に大規模な呪術がかけられている。
蓮村の言う大きな術こそ、この影あふれる城を保つ原因ではないのか。
これから対峙するであろう呪術師の今までに作った術紋に考えを巡らせる。
蓮村が体調を崩し始めた。
上向が無理をするなと、その場で留まるよう告げると逡巡したあと、まかせましたと大人しく手を振った。
いつの間にか無量が先導している。そして彼女が扉を開いた後声を上げる。
「太陽除けの紋じゃん。消えてないし」
部屋いっぱいに紋が描かれている。ただ、一見したところ中は無人だ。
どうしようと呟いた横をスッと王子が足を踏み入れる。
「危ない」
無量が叫び声を上げるが、本人は何ともない様子である。
「僕は外界からの影響は受けない」
きょとんとした無量に向け、この先は来るなと手のひらを向けた。
部屋の暗さはそこそこ。扉から光が入り、中が日光で照らされる。奥に窓があればもっと明るくなりそうだ。
「あのさ、王子。俺、その棺どけたらどうなるかすっごく気になるんだけど」
阿戸鳴が何かを持ち上げるジェスチャーをした。
「これは玉座を支えるモノだ。動かすなど恐れ多い」
嫌そうに仮面がうつむく。
「もう王様いないし、全部王子のもんでしょ? お願ーい」
阿戸鳴の言い分に渋々といった様子で、放射線状に並べられた棺の一つに手をかけた。
結構重いようだ。
「こっち持ってきて」
特に術的反応が見受けられなかったので検分したいという興味から雁瀬先生が命令する。
少し間を置いて、ずるずると引きずってきた。
やはり透明な棺の中は近くで見ても白い関節人形が白い綿と煙に覆われているだけだ。
こんこんと指の関節で棺を叩いてみる。
ガラスよりは柔らかい音がする。けれど、見た目は相当分厚い。
どこから開けるべきかとぐるりと見回す。
「開けるのか」
頭上から王子の声。
青年は剣を抜き、透明な棺を撫でた。
するとぱかっとふたが持ち上がり、細い隙間から煙が漏れ出した。
あんなに小さな棺からどうしてこんなに溢れ出てくるのか不思議なほど全員が白い煙に覆われた。
視界を邪魔する煙を手であおいで払う。
「お兄様! おはようなのだわ」
少女の声が白い世界に響いた。
少しして視界がはれてくると、かがんだ王子の首に見覚え有る少女が腕を回して抱きついている。
「はしたない真似を、するものでは……」
少女をいさめる途中で、兄は声を出さなくなってしまった。代わりに手を彼女の背中に回し力強く抱きしめる。
「お兄様? 御髪がくすぐったいのだわ」
体をもぞもぞさせる妹の肩に、兄は仮面を強く押しつけた。
目の前にあったのは人形だった。
けれど、今、棺に足を入れているのはいつか太陽の中に消えた少女。
「ねえ、あなた」
しゃがみ込んで少女と同じ目の高さで尋ねる。
「どうしてここにいるの?」
どうして? 少女は聞き返す。
「ベッドの上で朝のご挨拶なのだわ。貴女こそ、どなたなのだわ?」
前に会った時とは随分違う。語尾は同じなのだが、その口ぶりの雰囲気は随分と幼さと柔らかさを持っている。
「あら、ここは廊下なのだわ。はしたないのだわ」
今いる場所を確認したようだ。顔を真っ赤にさせてもじもじとする。
「ああ、そうだ。着替えてきなさい。一緒に部屋に戻ろう」
顔を上げた王子は立ち上がり、優しく王女の手を握った。
「お兄様、何かおかしいのだわ」
おかしいと言いつつもずいぶん嬉しそうな顔だ。
「待って待って待って」
阿戸鳴が止める。
王子にキロっと睨まれ、竦んだ。
「いや、探してんのそいつじゃねえから。呪術師だろ呪術師」
確かに、一応呪術師を捜してここに来たのだ。
「今は妹だ」
少女は少し首をかしげた。
かわいい。
「ごめんね。お兄ちゃんちょっと貸してね」
にへらっと王女に微笑んでから、兄貴の手を引っ張る。
「だから、お前しかこの部屋はいれねえんだよ。妹さんには悪いけど、今だけ、な?」
妹から話され随分機嫌が悪い。
「王・女・様・だ」
「うんうん、王女様にご迷惑おかけします。王子様どうかもうちょっとだけ、な?」
むうと黙ってしまった。
どうしてか阿戸鳴の対応は気に入っているらしい。
「そもそも、そいつ本物の王女様なのか?」
神部の問いでまた王子の機嫌が変動する。
阿戸鳴が後ろで嘆いていた。
「無礼だ。そいつではない、彼女はまごう事なき僕の妹。貴様にとって王女様だ」
「でもオレが会った王女様はもっとこう、年取ってそうな感じだったぞ」
姿形は同じだが、貫禄というか、風格というか。中身が別人のようだ。
「当然だ。彼女は数百年過ごした王女だった。この王女は亡霊になる前の王女だ」
どうしてそう断言できるのかシスコンという言葉で治めるには荷が重すぎる。どちらかといえば信仰に果てしなく近い。
王女が彼の隣にいる。そう信じたいだけかも知れない。
「なら、他の棺さっさと開けようぜ。亡霊になる前の王様とか出てくるかも」
阿戸鳴の言葉に、王子はビクリと身体をこわばらせる。
地雷踏んだかと一瞬緊張が走ったが、そうでもなかった。
王女に短く挨拶すると、棺が三体残る部屋の中へ駆け込んでいった。




