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三十八話目 消えて帰れ

夢の中では、身軽な孫悟空だった。

軽快な身のこなしでちょっと調子に乗った。目の前にいる男か女かよく分からない奴が怒っている。奴が変な言葉を唱えると、頭のわっかが反応してお仕置きされた。

痛い、痛い。


「止めてくれ!」

大きく口を開けて、上向は目を覚ました。

酷い頭痛がする。夢の続きかと思うほど、頭に小さなわっかをはめられたような、締め付ける痛み。

ずきずきと脈拍を訴える頭に右手を添えながら身体を起こした。

隣には床に蓮村さんが寝ていて、見上げるとそこには机に突っ伏した場木がいる。

のんきにローアングラーをやっていられないほど、頭痛が酷い。机に手をつき、よろよろと身を起こす。

おぼつかない足取りで教卓の方へと向かった。

何歩か進むとみるみる痛みが引いていく。奇妙な感覚に首をかしげていると、扉の外から近づいてくる足音を聞いた。


「もう起きたのか、天使」

暗闇の中から、光の届く範囲に入る。金属が光を反射する。

上向は何故天使と呼ばれたのか分からず、眉間にしわを寄せ口角を下げた。

「何をそんなに嫌そうな顔をする必要がある」

王子は仮面の裏で吐き捨てるような笑い声を響かせた。

「ああ、そうか。王の用は済んだんだ。僕のことが怖いだろう。怯えなくていい、人間ではない貴様はすぐに送ってやろう」

王子は何か勘違いしていそうだ。上向の嫌そうな顔の原因が、敵対する王子が自分たちを消しに来たからだと思っているらしい。

芯のある美しい姿勢で音も立てず細身の刃を鞘から抜く。

そこでやっと思い出した。教え子達から伝え聞いた話ではこの王子は自分たちを嫌っていた。追い出すと言っていた。その上自分たちは彼が何よりも敬愛する王に危害を加えたのだ、理性を捨てるほど怒っていても仕方がない。

上向の警戒心を悟ったのか、王子は剣を構えた。

「人間ではないと言いました? 誰のことです。天使とは、天使化という話ですよね」

切っ先を向けられたことの緊張感。何とか気をそらそうと必死に質問をぶつける。

「まだ貴様は理解していないのか。不思議なものだな」

じりじりと後ずさりをする。頭痛が始まった。

痛みに顔をしかめながら、両手を挙げて後ろに下がる。両手を挙げた理由はない。ただ、映画とかを見ていれば命乞いはこうするものだと思ったから。抵抗する気はないから物騒なまねは止めてくれないかと訴えることで何とか自分の気持ちを落ち着かせる。

「この世界から出て行くがいい」

頭痛と耳鳴りの隙間から、青年のくぐもった声が響く。歪んで滲んだ視界。

「やめてよ」

耳鳴りよりも高い声が頭に響く。後ろから聞こえた。

「あんた、ほんっとに、いい加減にして」

狂った視界にを後ろに向ける。

「無量さん?」

頭が痛い。足下から崩れそうだ。

「出てって。みんなを傷つける前にその剣しまって、さっさと出てって」

王子の方からガシャンと崩れる音がした。

頭痛が引いていく。

頭がはっきりしてきた。足下にガラス片が散らばっている。

見覚えがあるパーツがある。図書室で見たランタンと同じものだ。

「調子に乗るなよ、娘」

ガラス片を被った金属の具足はわなわなと震えていた。

「まあまあ」

いつの間にやら王子の後ろに阿戸鳴が立っていた。凄くなれなれしい手つきで肩に手をまわす。

「あいつちょっと気が立ってるんだって。な、ほらさ。平和に行こう平和に」

はい落ち着いて、深呼吸ーなんて上向にしたら煽っているように見えた。

しかし、上向の心配など関係無しに王子は素直に従った。随分平和な王子様だ。

「落ち着いたっしょ?」

にぱっと笑う阿戸鳴に、ああと短い返事をした。

上向にはこいつらの関係がいまいち分からない。


「わからない」

王子は顔をうつむける。何がと阿戸鳴が追従する。

「何故剣を拒絶する。君らは元の世界に帰りたいと思っていないのか?」

今度は無量が首をかしげた。

「僕の剣で君らはこの城から消える。さっさと元の世界に帰ればいいのに」

理解が出来ず、各々えっとかなにとか言葉を漏らす。

「どういう、こと?」

絞り出すように無量が声を紡いだ。

一方呆れた様子で王子は簡潔に答える。

「消えて帰れ」

「そこじゃなくて」

もどかしそうに手を握りしめて、思いが伝わる言い方を探る。

そんなやりとりにどこかぼーっとした顔の雁瀬先生が乱入する。

「その剣は殺生をするものではないと思って良いのかね? 我々は元の世界で復活すると」

「復活という言い方はおかしい。だが、大体その通りだ」

何か含みがあるような言い方。だが、雁瀬先生の言い分には肯定を示している。

「だけど、え? 安佛のやつが……」

阿戸鳴も挙動不審になる。

「あの男子は先に帰っただろう。早く後を追え」

呆れ気味に剣を振りかざして王子が語る。

「マジか」

力の抜けた、限りなく笑みに近い安堵の顔。

「帰れるの?」

無量も半ば放心しかけている。

うるうると瞳に涙を溜め始めた。

小さく小さく指先で涙をぬぐいながら、無量はとんでもない発案をする。

「じゃあ、帰る前に王子様を助けてあげよ」

誰もが予測していなかった。きょとんと丸い目玉達が無量へと向けられる。

「何言って……」

「いいじゃん、この人あたしらのこと助けてくれるわけでしょ?それに、この先永遠に一人って寂しいでしょ」

それは消えていった亡者に対する罪悪感を背負っていた。

「何の話してんだ?」

神部が目をこすっている。

「かんちゃん、やっぱり王子様の呪い解いてあげようよ」

眠そうな目をさらにしかめて、あーと不機嫌な声を出した。

「はいはい、どーぞ」

「だよね、やっぱり心配だよね」

どう見ても神部の返事は同意というより勝手にしろの色合いが強いが、無量の「心配の押し売り」はすでに発動している。

「何を企んでいる」

不審そうに仮面の青年は尋ねる。

「死ぬ前に、王子様のお願い聞いてあげる」

無量はとびきりの笑顔で、楽しげに振り返った。

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