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三話目 初戦

教室内に戻ってみると、そこは惨状だった。

ギャアギャアとうるさいのは未だ戻らない半人半馬の阿戸鳴と声のでかくなった無量が全面戦争をしているから。

「どうかしましたか」

手前にいた安佛に尋ねる。

「阿戸鳴がさ、女子もあの変なページ開いて変身しなきゃ不公平だって言い出したんだけどさ、場木さんが小声で拒絶し出して、それでもしつこく言い続けたら無量さんがさ、マジギレした」

小学生じゃあるまいし、高校生にもなって何をやっているんだ。上向は頭を抱えた。

「あらら、本当に馬じゃないか半端だナ」

後ろからのんきな声が聞こえる。生徒の下半身が馬になっていても、雁瀬先生にはあららですむような変化らしい。


「……人間だ」

「上向先生、体、戻ったの?」

上向を見るなり、口論中の二人は大人しくなった。

目を皿のようにして、上から下、また下から上までじっくり見回す。

「ちっ」

誰だ舌打ちしたのは、と思ったら隣の安佛だった。

ぽかっぽかっとひづめが音を立てる。馬体の扱いが随分上手くなっていた。

「なにやったら戻った?」

一・五倍にはなっただろう身長から腰を曲げて視線を下げる。

「時間が経ったら、勝手に戻ります」

「えー、でも俺戻らないよ」

それは見れば分かる。体が戻らない理由として当てがあるとすれば、阿戸鳴のパソコン画面。

「その画面を消してみましょう」

阿戸鳴にパソコンの電源を落とすように言ったが、渋い顔をする。

生徒達を見回すと、お通夜みたいに各々暗い顔をしていた。

「センセーがなかなか帰ってこなかったし、神部がうるせーからこの英語のページずっと読んでたんだよ。そしたらさ、今度は脅し文句が書いてあんの」

この文章の効果は変身だけではない。最下にゴースト除けの紋が載っている。このページは閉じるべきではない。もし、ゴーストに侵されたくないのであれば。

ノートにまとめられた日本語訳を読み上げる。

確かに、閉じるなという意味がとれる。

しかし、こんな脅し文句だけでこの血気盛んで調子に乗りたがる高校生達が大人しくなっているはずがない。

「閉じてみたのか」

誰も目を合わせない。最後に目をそらしながら、安佛が頷いた。

「この文章を読んだのはさ、一度このページを閉じた後だったんだ」

「閉じた後、また開いたのか?」

肯定する姿は注意深く見ていると小刻みに震えていた。

「閉じてすぐにさ、おかしな事が起こったんだ」

上向が留守にしていた数時間の間にこの教室で起こった出来事を語り出す。


しばらくは大人しくしていたのだが、教室に閉じ込められてしまったことに飽きていた。

白羽の矢が立ったのは阿戸鳴のパソコン。みんな気味悪がって、阿戸鳴にその英語のページを閉じるように薦めた。阿戸鳴もそれに従った。

阿戸鳴のクリック音が響く中、マウスに蛍光灯のスイッチでも入っていたかと思うほどのタイミングで停電が起こる。

それからだ、一分一秒どころか、コンマ秒で戦うような瞬間がやってきた。

異変に気付いたのは男子組と、彼らと一緒に画面を覗いていた神部だ。

女子の後ろ、かつて校庭があった方の窓ガラスをすり抜けて、暗闇の中でも分かるほど濃い黒の影が伸びてきた。

「後ろだ!」

神部が女子二人に気付かせようと叫びながら、バスケ部自慢の瞬発力でパソコンの乗った机を飛び越える。

振り返る場木が声を出す前に、影は曲線を描きながら伸び続け、彼女の足を隠す。飲み込まれている。

浅い呼吸のみ。何も考えられず、体は動かない。

隣にいた無量も影からは遠いが、声すら出せない。

神部が床に着地する。すでに見えない場木の足下へ手刀を繰り出した。彼女の手は飲み込まれることはなかった。影を分断し、暗闇の中にぼんやりと場木の白い絶対領域がまた見えるようになった。

床に座り込んだ場木庇うように前に出ながら、握り拳を構え臨戦態勢をとる。非常に男前だ。

普段なら、いくら男勝りな彼女でも得体の知れないものに殴りかかろうなんて行為はしない。例の画面を覗いていた彼女は、すでに十二宮の影響を受けていたのだ。

「阿戸鳴、さっきのページ開けるか?」

安佛が放心している阿戸鳴を呼び起こす。

声が大きいのは焦りのせい。

阿戸鳴のパソコンは光っていた。

「すぐやる」

ブラウザを開き、履歴。

「履歴に残ってない!」

一瞬で分かった。履歴が全部消えている。閉じたときに消えたのだ。阿戸鳴が自分でそう設定していた。間違いなく消えていた。

「だ、大丈夫。アドレスは憶えてる、短いからすぐだ」

「早くしろバカ!!」

神部は影とにらみ合いどころかとっくみあいをしている。影は人型になっていた。流線型を描いていた時より力が増しているのか、押され気味だ。

「俺のタイピングスピードなめんな、バックスペース押さなきゃ瞬殺よお!」

パタタタとキーボードが音を立てる。

入力は一秒とかからない。

しかし、読み込みに時間がかかる。ほんの少しの間だが、一瞬でも待機中カーソルが表示されただけで焦りは増す。

「きたっ」

ぱっと蛍光灯が付いた。

とっくみあいに使った力が空振りした神部は前のめりになる。

教室内に異常はなかった。あるといえば、未だ馬な阿戸鳴の下半身くらい。

「……こいつのせいだと思う人ー」

阿戸鳴がパソコンを指さす。全員一致の意見を見て、阿戸鳴は力無くにへらとわらった。

「笑うなバーカ、お前のせいだ」

緊張が途切れたのか、神部も緩い顔をしている。

何が起きたのか明確には分からないが、この画面を消すという選択肢は消えた。


「なるほど」

教室の外のことばかり心配していたが、危険はいつも人のいるところにある。

雁瀬先生を捜している間に、生徒達は一戦を交え、その上暇に飽かして翻訳を進めるまでに至った。

そういえば随分外にいる時間が長かった。

なんとか対処できた生徒達に驚きながら、高校生って行動力有るんだなと上向は反省した。

「センセーも、あっち側でもこの画面開いた方が良いと思うだろ?」

背中合わせになっているパソコンを指さす。

女子達が心配だから、拒否されても阿戸鳴は引き下がらなかった。けれどまあ、その結果、口論に至ったわけだ。

「だから、絶対しないって言ってんの。アレは怖かったけど、体が変わっちゃうんだよ?もう変わっちゃった阿戸鳴くんにも、変わらない安佛くんにも分からないと思うけど」

「なにさ、その言い方」

せっかく治まっていた口論がまたも勃発した。

「二人とも落ち着きなさい。阿戸鳴の心配も分かりますけど、強要は容認しかねます」

間に入ると、二人ともふくれっ面を背けた。

「で、ナニ。それが問題の画面だったわけなの?」

ちゃっかり画面が見えない位置に陣取る雁瀬先生。

「何でそんなに遠いんですか」

「だって、上向先生の話が本当なら、わっし無機物になる」

沈黙が降臨した。

「水瓶になるって怖いっしょ」

「それは怖いですね」

どうやら雁瀬先生は水瓶座らしい。

今のところ変身しているのは人馬に双子と一応人型だった。あと変化は中断したが、畜生の獅子は、まあ普通に人格保っていたし会話もしたことだし問題はない。しかし無機物か。そこまで考えが至らなかった。

黄道十二宮の節操なさに恐怖を感じる。これが干支ならまだ平等かもしれないが……そうでもないかと上向は一人で納得した。

干支だった場合、生徒達は早生まれを除いて同じ姿にならざるを得ないが。


「え、何? 水瓶座が描いているのは、水瓶本体じゃないって?」

沈黙を破ったのは神部だ。声が大きい。

こくこくと場木が頷く。また場木が内緒話していたのか。

「あの、星座版とかに描かれる、水瓶座はね、男の人が水瓶持ってるの。本体は男の人」

ぼそぼそと独り言のように話す。

注目を浴びていることに気付いた場木はぴゃっと顔を隠した。

「無機物だけで描かれているのはね、天秤くらいなの」

十二宮の中ではねと消え入りそうな声で付け足した。

「ほー詳しいね場木さん」

感心した雁瀬の言葉に、照れながらこくこくと頷いた。

「わたし、占いとか調べて、よくモチーフにしてたから」

詳しいらしい。

「それじゃ気兼ねなく調べられるってわけ。阿戸鳴、そのサイトのアドレス教えい」

一緒になって画面をのぞき込み始めた。


ちょいちょいと場木の腕を人差し指がつつく。

「ねーねー魚実、ひょっとして蟹座ってさ蟹と一緒に女の子がいたりとか、しない?」

「ううん。蟹は蟹。蟹って言ってもね大きなお化け蟹で、友達のために戦いに行くんだけど……無量さん。ご、ごめんね無量さん」

半開きの口から呼気の他に魂か何かが抜けていそうだ。

「傑作だな、無量。ガンバ!」

けせせと神部の笑い声が響く。

「どーせ蟹よ。アタシなんて蟹よ。悪い?」

「誰も悪く言ったりしねえよ。心配すんなっって」


無量の全力拒否はここが原因だったらしい。それならきっと場木の拒絶も似たような理由なんだろうなと予想は付いた。

阿戸鳴はもうくってかからない。

「まず上向君の獅子がどこまで獅子になるか実験してみよう」

雁瀬先生だけが酷くマイペースだった。


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