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三十六話目 ろうそくと太陽

阿戸鳴はあごを引いた。

歯はぶれないように噛みしめて、目はまっすぐ相手を見る。

腕の構えは胸の位置。片方は背中に。前足だけに集中する。

小手先の技を使ったところでどうにもならない。目くらましを使わずとも、相手は最初からろくな行動が出来ない。

どうしたってあいつは操り人形だ。どんなに精巧でも、何も考えない物体だ。

「体当たりだ。右肩から突っ込むぞ」

その冷静な声は先ほどまでの無駄な熱を一切帯びていない。

言葉はそれだけだったが、妙な感覚にとらわれる。阿戸鳴のこれからの動きがよめる。備えなければと神部は直感した。むしろ人間の背中に寄り添い、身体の固定のために馬にまたがった腿に力を入れる。

足下が突き上げるように動き出した。

身体が自然に無駄な力を排出する。揺れはするが、芯は動かない。

「わあああ―――」

耳元で聞こえるのは阿戸鳴のいななき。短距離の間に急激な加速。

圧倒されるのではない。流れに乗る。一体化する。

気がつけば、神部も阿戸鳴と共に叫び声を上げていた。


体重ののった一撃が、敵の胸を捕らえる。

直線的な動作はそのままエネルギーを相手に伝えた。

尾ひれでは身体を支えきることが出来ず、無残に引きずりながら奥の壁まで飛んでいく。

その行く末を見送る前に、部屋の明かりはぷつりと途切れた。


「上向くん?」

「先生!?」

この部屋の光源と言えばただ一つ、上向の光だった。

先ほどまで戦っていた光と影、二頭の獅子はそのどちらも闇に消えた。

場木の声が広い闇に響く。

激しい音が聞こえた。続いて、硬い物がこすれ合う音。

現状を受け入れられなくなった蓮村。これではいけない。こんなこと、早く変え(・・・・)ないと。


闇が払われた。

今度は蓮村の姿が光に紛れる。

蓮村は謁見の直前に意識を取り戻したばかりで本調子ではない。そのせいかあまり光は強くなかった。


その中で場木は一番に床に倒れる上向と、それを庇う巨体の足をとらえた。

白かった上向は元のスーツを着ていた。意識を失っているようだ。

その上を動物園の檻よりも頑丈な甲冑が被さっている。

扉前にいたはずの無量の赤茶げた甲冑。

「あんたなんか、嫌いよ」

蟹は身を庇うようにハサミを前に掲げていた。闇に響いたあの音はその表面に足をかけ、がりがりとひっかいている黒獅子の音だった。

力一杯大きくハサミを横に振る。

小動物のようにいとも簡単に獅子が払われ、勢いのまま後ろに転がっていく。


「無量さん、後ろ!」

場木が叫ぶが、無量は小回りがきかない。視界も悪い。下手に動くと上向を踏んでしまうのも心配だ。

場木が叫んだのは足下に現れた人影。

無量の後ろをとったことがよほど嬉しいのか、あるいはもっと別の狙いがあるのか。不敵な笑みを浮かべている。

王だ。

先ほどまで奇妙な合成獣の脇にいて阿戸鳴達をからかっていたはずだが、いつの間にか扉の近くにいた。

「もう遅い。なぜ我が人の抵抗を受けると知ってあの紋を出たのか、下らぬ生き物にはわからなかったようだ」

それもそうかなどと嘲笑が聞こえる。

「この部屋は紋の元、苦しみの部屋となろう」

蓮村の弱々しい光で照らされた部屋の床は黒い曲線が増えていた。

謁見の時は玉座の範囲しかなかったあの紋。同じ紋が部屋を覆い尽くすように描かれている。

「うそ」

驚きを隠せない。

目の前の敵を見ている間にこの部屋の罠は仕組まれた。

「ほれ、後三歩で完成する」

人間達の絶望を眺める王の高笑いは、蝶番のきしむ音で妨害された。

「なに?」

王が振り向く前に、蓮村の光は途絶えた。

重厚な扉が開く。

王の姿が逆光でシルエットを描く。


外が、まだ、明るかった。


「ほら、早く出てきナ」

扉の影からひょこりと顔を出す天然パーマ。

「雁瀬先生!」

なにしてくれたんだとキャンキャン鳴く生徒の前で何も聞こえないとおどけてみせる。

「ほら早く。まだ王様動けるからさっさと出てこないと太陽除けの紋が書かれちゃうでしょ」

のど元まで上がった文句を飲み込んで、生徒達は手を貸しながら部屋を出た。

追いかけてきた変な合成獣は夕日を浴びて消えた。一瞬だった。獅子は少し抵抗を見せたがやはり消えた。

「朱の呪術師。答えよ。我には永遠をくれないのか」

しわがれた声で救いを求めるように、沈んだ夕日に手を伸ばす。

「広い世界をもてないのか……」

その指先がぼろぼろと崩れ始めた。

冷めた目で一瞥すると、全員を後ろに隠すようにして雁瀬は扉を閉めた。

「残念ながら、君みたいな人をなめてかかる王は願い下げだね」

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