三十五話目 モテたいじゃないか!
足に力が入る。阿戸鳴の身体は筋骨隆々とした一級の競走馬並に変化した。
「見違えた」
へへっと神部は頬をつり上げて笑う。
自己ベストに入るほど立派な変身が出来あがった。自慢げに腕を組んだところに、持ち上げろと言うので阿戸鳴は神部を引き上げて背中に乗せようとした。
その隙を逃さず王の合図で合成獣が突進してくる。
「あっぶね」
気付いた阿戸鳴が神部の手を持ったまま避けようと動く。
左肩に力を受けて引きずられる神部は痛みに悲鳴を上げた。
「おまえ、ふざけんな!」
「文句ならあの王様に言えよ」
変身中や協力中はどんなに大きな隙でも待ってあげるのが大人のマナー。
そんな事も知らない異世界の王にはなんとしても制裁を下さなければいけない。
今の彼らなら中学の時にバカにしていたメロスの心情を理解できる。
平和育ちの高校生は妙な正義感に燃え始めていた。
阿戸鳴は神部を抱き上げると背中に乗せ直す。
またもや突進が来たが、今度は一言しっかり掴まれと言った後、ほぼ逆立ち状態になり後ろ足で器用に蹴り上げた。
下から食い込み、相手のあごを砕くような見事な蹴りが決まった。
何とか落ちないように阿戸鳴に手を回していた神部の前で、合成獣はそのまま上に打ち上げられ宙を舞う。
意思のない人形は受け身の取り方も知らないようで、どさりと音を立てて床に落ちた。
その痛みを想像してしまい、二人は目を眇めた。
広い部屋だ。馬の背にのっても天井に手がつきそうにない。
とは言っても室内だ。暴れる事に気が引ける。
上向の光を受けて部屋自体はぼんやり照らされている。ただ、光源の位置が部屋からしてみれば低いので、遮られ光の届かない場所もおおい。
次の手を考えている間にぎこちない動きで合成獣が起き上がる。
「どうしようもなく気持ち悪いな」
「お前の顔だろ。早く何とかしろよ」
「いや、元の顔が悪いって言ってるわけじゃねえよ。……ひどい」
正面の阿戸鳴そっくりの顔はあごの骨が砕かれたらしく、締まりの悪い口元からよだれを垂らしている。
右腕もだらりとたれている。あの様子では使えない。尾びれも不調のようだ。座るようにして前足だけで立っている。
ついでにこっちの阿戸鳴の方も神部の一言で傷を負ったようだ。精神に。
「ジョークだよ。悪かったって」
「女子に言われるときつい」
神部のフォローもむなしく、すねてしまう。時間をかけたセットなどとうの昔に崩れた髪をいじって顔を隠してしまった。
髪型だけイケメンにしても突っ込み待ちにしか見えないぞと追い打ちをかけそうになったが思いとどまり言葉を換える。
「そのヘアスタイルいいな。イケメンだ、むしろ男前になったよ」
「どの辺が? 前髪でほとんど隠れたこの顔の、どの辺が!? あごか、あごなのか?」
言いよどむ神部の前で、阿戸鳴が暴れ始める。
「俺唯一のチャームポイントがあいつ砕かれちまってるのか?」
目の前の敵を忘れ、泣きそうな顔で後ろを振り向く。結局、神部は言わなきゃよかったと後悔する事となった。
「俺、イケメンとは思ってないよ。でもさ、中の上くらいだとは……」
「悪かったよ」
「駄目なのか!?」
「違う。ごめんって。オレが、悪かったよ」
面倒臭いやりとりに神部も泣きそうになってきた。変な合成獣が襲ってこないからこんな事がいつまでも続く。
「見てんじゃねえよ!」
ぼろぼろの合成獣と王に向かって怒鳴りつけた。
何も言わずじっと見つめられた。
クソジジイめと悪態をつく。
「阿戸鳴、しっかりしろ。男は顔だけじゃない。お前は頼れる奴だ」
「俺の顔は論外か」
「しつこい!」
命と顔のどっちが大事か。それを問うのは酷かも知れない。
けれど、今の阿戸鳴は両方に危機が迫っていることを忘れている。
今は肉弾戦の真っ最中だ。敵と同じように唯一の男前ポイント「あご」を失うかも知れない。下手をすれば命ごと持って行かれるかも知れないのに。
阿戸鳴はそんな中でどうすればモテるかを相談し始めた。
「やめろ気色悪い」
「やっぱブサイクだと思ってんだ!」
「そこまで言ってない!!」
お互い口論までいかないくだらないやりとりに熱が入っていく。
その二人の間にやっとの事で踏ん張りのきき出した合成中が前足で奇妙な二足歩行を見せながら近づいてくる。
やっと来たと神部は内心喜んだ。喜びながら、近づいてくるその顔に拳を叩き込んだ。
「俺の顔!」
「やかましい」
殴られたことでますます酷くなった亡者の顔。鼻がつぶれている。
神部が痛そうに拳をぶらぶらふる。
「そんなにモテたきゃ、強さを見せてみろ。女も強い奴には弱い」
高ぶった神経で口走った。
その姿がどんな風に映ったのかはどうあれ、阿戸鳴はぐずるのをやめた。
「本当か?」
聞き返されたが、神部はさっき自分が興奮状態の中で何を言ったのかすっかり忘れてしまっていた。だが阿戸鳴の調子が変わったことだけは察し、そこから今神部がとるべき最善の回答を導き出す。
「もちろんだ」
神部の力強い肯定に、阿戸鳴の瞳が輝きだした。




