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人間と亡者の十二宮  作者: 漣 時雨


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三十三話目 ファイティングごっこ

静寂が降りた。

明かりを持たない薄暗い部屋は黄昏に染まる。傾いた太陽はロ型に立つ建物の屋根に隠れ始めている。


「なんだ、何故黙っているのかね」

天然パーマをふわふわさせて歩くのがちょうど目線の高さに合う。普段なら生徒達が笑うところだ。

そうして、宙に座る王を真正面から見上げる。

上から降ろされる視線には若干の哀れみが混じっている。

「ふむ、では王様も用事がないようなので。ここいらでわっしらは帰らせてもらおう」

突然の提案に、生徒達は呆れ、構えた。

「どうしたんだよ先生」

「どうしたもなにも」

日が暮れるじゃないかとポケットに手を突っ込みきびすを返す。

雁瀬先生を目で追えば、西日が眩しい。

オレンジの光で目を潰される前に、雁瀬先生を目で追うのを止める。

一方で王はまぶしさを感じていないらしい。目は細いがそれは顔つきと加齢によるものでしかめているとかそう言う細さではない。

「忘れてはいないだろうね、ここには太陽の紋はないよ」

まぶしさに負けてしまった生徒と実習生を放っておいて、部屋の外に出た雁瀬先生は重厚な扉を閉める。

「少しの間なら、自力で耐えれるな」

途端、無量は叫び始めた。けたたましい声だ。

雁瀬先生の言葉から、ひらめきが駆け巡ったのだろう。

「うそ、嘘でしょ。閉めないでよ」

サイレンが外まで届いても、それを聞いて助けてくれる人がいない。

絶望的な音声の中、光の筋はどんどん細くなり。


とうとう姿を消した。


息づかいが聞こえる。

視覚が使えなくなって、パニックに陥っている。

聴覚が目に変わり世界を認識する。

身動きはとれない。危険だ。目の前にあった太陽除けの紋はどうなるだろう。

みんな呼吸が速い。

「予定と少し早いが、これもよい」

王の声がする。違和感を感じる。

位置だ。王が玉座を降りた。

ずっと近い所にいる。

それに混じり、前から動く気配がする。湿気を含んだ荒い息を感じる。

「安心すればいい。この部屋に影はいない」

「亡者がいるのに、ですか」

上向は答えた。きっと王は上向と神部の目前にいる。

あまり溜まっていない陽幸をじわじわと放出する。変身に対する嫌悪感など、今はそれどころではない。

「案ずるな。人間以外に興味はない」

そう言って気配が通り過ぎる。

そうしてもう一つ別の気配が目前に迫る。

「我は興味をもたないが、自己同士ではどうも相容れないらしいな」

この背の低い気配は、もう一人の上向だ。

人であることを保たない。真っ黒な毛皮に覆われた自分だ。

危険にさらされていることを感じながら、変身途中の姿のまま足を蹴り上げる。

しびれが右足を襲った。

あまりの衝撃に、声も出ない。足だけ生気を吸い取られたような、えげつない痛み。

獣を蹴った感触はなかった。この衝撃はもっと別の理由がある。

「神部さん、絶対前に出ないように」

心当たりがあると言えば、太陽除けの紋。

そうこうしているうちに、獅子の姿を見失った。黒い姿は元より闇に紛れたが、息づかいやその他の気配すら紛れさせた。

きょろきょろと辺りを見回す。光は一筋も入らない。かすかに神部が隣にいそうな気がする。

下手に動くと場所を見失い、誤って紋にまた足を踏み入れそうだ。

後ろで獰猛な鳴き声がした気がした。

ばっと振り向く。視界は黒一色だが、前方に集中して耳を傾ける。

いない。

すると足下をすくわれた。バランスを崩すが何とか倒れまいと足を踏み直す。

そうして後退った足がドンッとしびれる。肩もだ。

クツクツと低い笑い声が聞こえる。

「鈍くさいやつだな」

それは何度か聞いたことのある声で、酷く嫌悪感を感じるものだった。

録音した自分の声よりはノイズが少ないが、それでも響きの足りない空虚な声だ。

「畜生が人間の言葉喋るのがそんなに嫌いか」

あいつは足下にいる。

「もちろん、嫌です。君のその声は聞いていられません」

ぐあっと目前に物体を感じた。

獅子が二足で立ち上がり襲いかかってきたのだろう。

すんでの所で、身を屈め脇に逃げる。あのまま素直に受けていたら、獅子にのしかかられたまま上向は逃げも出来ずに、あの太陽除けの紋に痛めつけられたことだろう。

獅子が舌打ちをする。どんな器用な仕組みかは分からないが、上向にも出来る気はした。

「紋で綺麗に消えればいいと思ったんだが、頭からガブガブと食われる方が好きみたいだな」

挑発的に鳴く。

「大人しく口を閉じていてはくれませんか」

微妙に違う自分の声は他人の声以上の不快感が伴う。

生徒の前だ。言葉遣いは出来るだけ丁寧に。ただ、見えないので、することは大胆に。

見よう見まねの格闘技が闇を裂く。その動きは正直ださい。

鍛えた技ではないのだ。へっぴり腰も仕方がない。

キックもパンチも当たらない。

関節が歪んで、猫背姿勢なのも悪い。

目隠ししてファイティングごっこ。今時ヒーローをまねする子どもでもやらない。

けれど相手は自分。相手も鈍くさい。変な格闘技を振り回す男の動きは本職から見れば隙だらけのはずだが、獣にしてみれば近づきがたい厄介なふりだった。

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