三十二話目 グロテスクな怪物
その姿は滑稽というよりははるかにグロテスクなものだった。
後ろの足は魚のヒレ、前足は奇蹄目、そして胴から上が二つある。見覚えのある顔だ。神部と阿戸鳴を精巧に真似た者。
神部達を真似たわけではない。あれは亡者だ。人間から生み出された片割れだ。どういう訳かその姿は無理矢理組み合わされてしまっている。
気味の悪い合成獣は前足を折りたたみ、玉座の左に座り込むと、ヒレで床を叩いた。
玉座の右側には黒い毛皮の猛獣が頭を低くしてこちらを見ている。見覚えのある獣だ。上向の獅子姿そのものだった。
どちらも襲ってくる気配は今のところ無い。勢いよく姿を見せたように見えたが、玉座の脇で王の命を待っている。
謁見の場と聞いて、誰もが平和的解決を期待していた。王子の敵意を必死に押さえた対応にも影響されている。その為、今日一日陽光の貯蓄は控えていた。
まさか、新たな亡者を用意し、新参者を叩きのめす用意がされているとは夢にも思わなかったから。
王は獅子の頭を撫でた。獅子は返事をする代わりに嬉しそうに頭をすり寄せ、猫のようにゴロゴロと喉で鳴いている。
自分と同じ姿を持つ者が、人の尊厳を忘れて振る舞う事に上向は顔をしかめる。
「いつまで人間のふりをしているつもりなのだ」
顔は獅子に向けたまま、王は問いかける。
それが意味することに気付いた無量は神部達を心配そうに見た。
「待って、それって……みんなが、蓮村先生みたいになってるって言いたいの?」
神部と阿戸鳴がぎょっと顔を見合わせる。気絶していた上向と蓮村は天使化の事をまだ知らないので話が見えていない。
人間から天使を抜き取った残りが亡者である。逆に言えば、亡者が抜き取られた人間は蓮村のように天使化しているとも言える。
そして、目の前にいるのは単体でいる上向の亡者と、それから神部、阿戸鳴、おそらく場木の亡者を掛け合わせた、亡者と呼べるのかどうかも怪しい怖ろしい存在。
無量の問いに肯定も否定もせず、ただ察しの悪い愚民をあざ笑うように口の端をつり上げた。
「王よ、その亡者は何者なのです!?」
静かに、気の荒ぶりを押さえつけるようにして脇に控えていた王子が問う。
王子もこの歪な亡者達の存在を知らなかった。
必死に感情を抑えつけている息子の姿に諭すように答える。
「影が集めた亡者が一人分に足りなかったのでな。呪術師が新しく創ったのだよ」
そうして奇妙な実験体を招く。
見た目だけでも吐き気をもよおしそうな姿は意識すら一人分を保つことができず、王の指示通りにふらふら動く。
その姿は今までに出会った亡者とは全くの別物で、魂を入れ忘れた動く人形と言った方がふさわしい。
「また、かの呪術師ですか」
人道にそぐわない術の数々。王の特別な計らいを受けているので大人しくしていたが、王子としてももう限界だった。
「王よ。呪術師の行いについてもう一度考えてはくださいませんか」
上の者に意見する。おそるおそるといった様子で声は裏返り、足は震えている。俯きがちの仮面の奥からかちかちと歯鳴りまで聞こえる。その恐怖がどこから来るのか部外者には分からない。
「ほう」
王の発したその一言で王子の身体はますます震える。放っておいたらこのまま爆発するのではないかと心配になるほどの不安定な状態だ。
「で、ででき」
がちがちと震える歯がかみ合う音で言葉が続かない。出過ぎたまねをしたと謝ることすら彼には出来ない。きっと仮面の奥は冷や汗でずくずくになっていることだろう。
王子が王に意見する方法を知らないと言っていた意味が周囲にもよく分かった。
「よい」
興味を失ったように、合成獣にも控えさせる。
ほっとしたように、王子の震えが小さくなる。それでも恐怖が全て去ったわけではないらしい。
「何がよい、だよ。全くよくねーよ」
いてもたってもいられなくなって、神部が口を出した。
恐怖の余韻でうつむいたまま細動していた王子の動きが止まり、顔が神部を向く。
「人の顔使って気持ち悪いもん作りやがって、吐き気がすんだよ」
どうしようもなくけんか腰で、聞くものは各々頭を抱える。
「そもそも、呪術師って奴が変な術使わなきゃ、オレらも王女様とかお后様とかに襲われることもなかったんじゃねえの?」
王は玉座に深く腰掛けたまま、表情も変えず聞いている。
「出せよ、呪術師をよ。一言言わなきゃ気が済まねえ」
数歩前に出て挑発する。
そこまでにしろと王子が止めに入った。
「止めんな」
王子は首を横に振る。
「違う、その紋に触れてはいけない」
足下を見ると、もう一歩踏み込めば円の内側となる。
「ははは、止めるか。お前はもうすっかり新参者の仲間か」
はっと仮面は玉座を見上げた。
「違います。王よ」
「何が違う。新参者に助けを求めておきながら。我は全て見通しておるぞ。知らぬ訳ではあるまい」
「あれは呪術師が……」
ぐっと黙ってしまう。
無量が負けるななんて気の抜けた応援をしているのでそちらに一瞥くれてやった。怯んだのか魅了されたのか、黙った。
「王よ、あれはただの戯れ言でございます。僕が王に反抗するなど本気でお考えですか」
震えがまた襲っている。かすれた声が痛々しい。
その反応を見て上から深いため息をつく。
「そうだ、我が息子が我に反抗するなど。あり得ぬ話だ」
隣で聞いていた神部は気色悪いと悪態をついた。
「呪術師も許せねえが、お前も気持ち悪い。何が神だ、何が王だ。家族のことも城のことも無視して、変な女の使うおかしな術にうつつを抜かしたただのバカじゃねえか」
王は機嫌の悪そうな目を神戸に向ける。王子もせっかく丸く収まりそうだったところを邪魔されて弱り切った目に困惑の色を浮かべた。
「この女は、自分の置かれた状況を分かっていないただの阿呆のようだ」
今までよりも一回りほど威圧感を増した声。
ぎくりと身体がこわばる。
「謁見の場がここである意味。そして夕方を指定した意味。教えていただけるわけですね」
後ろの方で控えていた雁瀬先生は眼光鋭く、王をにらみ返した。




