三十一話目 謁見
朝が来て日が昇りそれから傾き始めた頃、椅子に同化するように座り込んでいた鉄の甲冑は音を立てて立ち上がった。
「案内しよう。王の用意された謁見時間だ」
そうして壊され開け放たれた出入り口から一歩足を踏み出す。
横から差し込む西日は鉄の足下に反射する。
「あれ、君は太陽を浴びても平気なの?」
未だ寝ぼけた様子の蓮村は人間のふりを当然のように続け始めていた。
「蓮村さん、あの人は亡者ではなく人間ですから」
場木を横に連れた上向が、蓮村が眠っている間の出来事をかいつまんで話す。
何か周りから心配そうに見守るような気配を感じたが、上向には何をそんなに警戒しているのか皆目見当がつかない。
王を待たせるなと王子が急かすので、上向は説明もほどほどに切り上げて外へ向かう。
太陽の光が異様に眩しいのは夕焼け空があまりにも朱いせいだろう。
太陽が差し込む廊下を渡り、暗い階段がぽっかり口を開けている。
明かりも手すりもないこの階段を大勢で登っていく。どうしても足下に不安が出るので速度は出ない。
登り切ったところで身体を折り返し、二階廊下へと出る。
この辺りで蓮村が不調を訴える。
「気分悪いので、少しここで休ませてください」
手すりにつかまったまま、しおれた花のように力無く頭を垂れる。
前にも似たような事があったので、上向と雁瀬先生は蓮村の体調不良を理解している。
けれど、素直純真剛愎な王子はそれを許さない。
「何人たりとも例外はない。王の前に出ることだ」
驚くほど非情。けれども今更驚くこともない。
生徒達もまた始まったと白い目を向ける。
王子が頑固なことは蓮村も察している。口元に手を当ててごめんなさいと足止めを謝罪しながらよろよろと立ち上がる。
見ていられなかった神部はとりあえず手を貸そうと駆け寄った。
そうして先生達には見覚えのある部屋まで来た。
赤黒く不思議な輝きが漏れ続ける部屋。太陽除けの紋はくっきりと床に存在する。
ただ一つ違うのは、四つの棺の真ん中に虚の玉座が存在すること。
赤のビロード生地に豪奢な細工の金の縁。優雅な曲線を描く足は床の支えを必要としていない。
一つ上からの視線はさぞ圧巻かと尋ねようにも、座する者は留守にしている。
日は傾いているがまだまだ長居をするだろう。
トンっと床を叩く音が響いた。
王子が例のように杖の先に力を込めている。
「王よ、新参者をお連れいたしました」
その仮面は上を向き、宙に浮く玉座に目線を合わせる。
ホログラムの虚空投影のように、ノイズ混じりの王の姿が玉座の上に現れる。
深く腰をかけた壮年あるいは老年の男性。立派な白いひげで、酷く気怠げにしている。一言添えるなら肖像画よりも悪役顔をしていた。
それでも気に入ったらしく、蓮村は気分が悪いのも忘れて目を輝かせる。
「あなたが、王様」
ほうと感嘆のため息をつく。
キロリと鋭い眼光が蓮村を射貫いた。
「いかにも。我こそが王であり、神である」
いくらか姿勢を正すが、それでも偉そうにふんぞり返っていた。
「本日はご苦労だった。八人、いや、七人の新参者」
何を労われているのか分からないが、わざわざ人数を言い直した辺りに悪意を感じる。歓迎の気は全くなかった。
王子が頭を下げろと必死にボディランゲージを使ってくるので内々で顔を見合わせた結果、片膝を付くと頭を下げた。
「顔が見たい、面を上げよ」
頭を下げろと言ったり上げろと言ったり忙しい。誰のせいで下げていると思っているのか。
心の中でぶつくさ唱えながら、俯きがちに顔を上げる。
「そこのお前は顔が見えんな」
上向が指名される。王の苦情に不満をグッとこらえて顔を上げて首を振ると前髪を払った。それから、出来る限りの授業スマイルを心がける。
「初めまして、王様。上向 獅朗と申します」
よくできる子を褒める時をイメージして行うも、慣れないせいで若干嘘くささが付随する頬笑み。
王が機嫌をよくする様子は微塵もない。
下手なことをするより真摯な対応をすべきだったかと考え直す。
けれど、生徒達が上向の真似をして名乗り始める。
上向と比べればその笑顔の媚び方は段違い。何所で磨いた技術なのか、少し白ひげの脇に笑顔のしわが寄る程の影響力を発揮する。
相手の顔が和らいだことで場の緊張感は少しゆるんだ。
「媚びを売る者は嫌いではない。我は我をあがめる者に寛大である」
いくらか満足げな様子だ。阿戸鳴の調子に乗った礼がよく効いた。
「ただ、いくら器の大きな我でも許せぬ事、いかることがある」
深く座る腰を持ち上げ、宙に立つ。
「人間の分際で、王妃を殺し、王女を殺し、一般市民を殺した罪は重い」
背中で手を組み、胸を張る。そうして上から見下ろす姿は強力な圧力を持っている。
「プセウドテイ王の元で好き勝手していた事を恥じるのであれば、今までの事は不問としよう」
許すと言っているはずなのに、そのような気配は欠片も感じられぬ威圧。
そうして返事を待たず、次を提案する。
「改める様子がないのであれば」
さっと片手を上げて合図をする。獰猛な獣の声が聞こえる。
それはどこか聞き覚えのある音だったが、冷静に判断している暇はない。
玉座の後ろから、二頭の気配が虚空から飛び出した。




