三十話目 呪術師の呪い
その者がいつ城に来たのか分かるものはきっといない。
大勢の人が動き回る城の中にいつの間にか紛れ込んでいた女は、上に上に取り入って、ついには王の元へと姿を見せた。
数々の技で闇と光を分ける呪術師であった女の働きで、城はかつて無いほどに華やかに発展した。
神化の法を用いることで城に永遠の発展をもたらせる。
信頼と権力を手に入れた呪術師が最後に提案したのは人間すらも光と闇に分ける大術。
呪術師はこれを「不老不死の法」と売り込んだ。
すっかり呪術師を気に入っていた王はその提案をすんなり受け入れる。
王自身とその后と愛娘。それから呪術師本人と見本に使われた小間使いの女。
それが成功したのを光の王が見届けると、今度は城中のありとあらゆる全てにその術を施させた。
けれどそれはあまりにも怖ろしい術だ。
人間という器に入ったものを無理矢理とりだし二つに分ける。
王達はよかったが、城にその術を施したときは酷かった、大規模な術は失敗に終わり、この城は大量の影がはびこった。
光と化した王族は、下界を捨てて遠くに行った。
闇と化した王族は、行き場もなく宛てもなく、影と共に留まった。
実際には初めから成功などしていない。
光と共に生まれた闇の王族は、夜に紛れ暇に飽かし人を食らった。刺激を感じない闇の王族には人が溜めた陽幸のみが唯一の刺激。光はそんな闇の存在を無視して永遠をもたらした成功を手放しで喜んだ。
光と闇は共存しなかった。無慈悲な光と哀れな闇は互いを見ても風が吹いたくらいにも思わない。存在を認識すらしようとしなかった。
それは城で唯一、外界の影響を受けない人間として生きることを強いられた王子のみが観測できたことだった。
王子は一目会ったときから呪術師に怖ろしい程に気に入られた。
そうして王子は誰よりも何よりもいち早く、呪術師に残酷な呪いをかけられた。
「あなたは誰にも魅了されず、誰にも影響を受けず、変わることなく私を待ち続ける。私があなたの側にいる、その日まで」
まだ完成していなかったが仕上がりを待ちきれないほど呪術師は王子に執心していた。そして未熟な法は、何よりも素直に強烈に影響を及ぼした。
今以上の誰のものにもなれず、考え方は頑固で、そうして年をとらない。
王と母と妹のことしか考えられないまま、世界から隔離されてしまった。
妹がずっと刺激のない生に退屈を訴える。
それが何度呪術師のせいだと言われても、王子には理解が及ばない。外部から影響を受けないように思考に制限がかかっているのでいつも同じ所を回る。
回りながらも、ずっと違和感だけはかさみ続けた。
そうして、今やっと厳しすぎる制限に隙間が見え始めていた。
「あなたの心の席を予約よってか」
阿戸鳴の調子の良いはやし声には誰も笑わなかった。
むしろ、その発想は酷すぎると一歩も二歩も引いた姿勢をとる女子生徒達。無言で圧をかける王子。
「さすがに傷つくなー」
阿戸鳴はこれ見よがしに肩を落とした。
同情するように雁瀬先生だけは頷いている。
「笑い事ではない」
誰も笑っていないのに笑いをいさめる仮面でくぐもる声は、いつも以上に深刻そうな響きを含む。
相手の独占欲のせいで止まっていた思考回路。それがどんなに怖ろしいことなのか理解できるほどには思考が発達しつつあるらしい。
顔の右半分を隠すように鉄色の仮面に片手を当てた。
「呪いと仮面、あまり関係なさそう」
無量と同じように仮面の中身がよほど気になるのか、場木が下からのぞき込むように首をかしげる。
はずさないぞと言いたげに、王子は首をそらした。
「はずしてみてよー。ねー」
ひょこっと無量が王子の向いた方へ顔を出す。今は眼に力がないのか先ほどのように魅了されるまではいかない。
「見られて困るようなモンでもないでしょ」
「見られると、困る」
問いに対する返答の、微妙に違うイントネーションに疑問を憶える。
「あ、わかった。わかっちゃったー」
くふふと嬉しそうに口元を隠す無量。
「顔を見られると恥ずかしーんだ」
ぎょっと身体をのけぞらせて、また顔を背けた。
「呪術師の一目惚れがトラウマになってんのかも知れないよな。ご愁傷様」
神部の言葉にもう一度ぎょっと身体を震わせて仮面をうつむけた。
また図星?おもしろーいなどと無量は人ならざる残酷な問いかけを行う。
「まあ、その。気にすんな」
後ろから来た阿戸鳴の優しさがとどめを刺した。
「何が気にするなだ! 僕だって気にする。もう嫌だ消えてしまいたい。貴様ら全員消してから僕も消えてやる!!」
怒鳴り散らすのは退行の印。ストレスが限界に達してしまった。
鼻息荒く立ち上がったが、一息で叫んだために息切れと仮面の反響で自分自身が参ったらしい。ドスンと椅子に腰をおろす。
誰も声をかけられない。それほどに落ち込んでいるのが周りにまとう重い空気で分かる。
「消してやる」
力無い言葉は絶望にまみれ、聞いた者の頭は近づくべからずと警鐘を鳴らす。
ひとまずパフォーマーの気分が落ち着くまで、展覧会の作品に接するように距離を置いた。




