二十八話目 謁見の条件
開け放たれた扉から鉄の顔が姿を見せたとき、教室内には緊張が走った。
けれど、後から追いかけるように阿戸鳴達が入ってきたことで、警戒は少しだけ解けることとなった。
昼と同じように椅子を要求してきたので、阿戸鳴は入ってきてすぐ王子の席を用意した。
「停戦を申し入れる。王より伝令だ」
ふわりと優雅に席に着いた王子は剣を絨毯に突き刺した。
「……話の前に、そこの鞘を取ってくれるか」
さりげなく床に刺さった剣を抜く。少し焦った様子を見せたのは、鞘がないことを忘れて細い剣先で床を叩いてしまったからだった。
どうも重要な話をするときは、杖で床を叩く習慣があるようだ。場木に鞘を取らせると、剣をしまった。
そして気を取り直すと、タンッとその豪奢な杖で床を叩いた。
「侵入者共に告げる。この城は王のものである。不法にこの城を占領する気があるのであれば、引き続き貴様らを力尽くで追い出す用意がある」
若さとは結びつかない正式な使いの者らしい威圧感を放つ。
場木は上向の後ろに隠れた。
「ただし」
圧倒的な威圧を弱め、少し物腰が柔らかくなる。とりつく島もない一方的な様子から一変して反応の余地を感じさせた。
「敵対の意思がないのであれば、直々にその顔を見たいと王は仰せになった」
鉄の仮面は関節の金属音をならしつつ、教室内の一人一人の顔を映す。
「答えを聞かせてもらおう」
王子は杖を床から放し、足を組んだ。
「その王様って何所にいるのよ」
教室の奥で無量蟹が不満そうに泡を吹いている。
「侵入者共の意思を確認する前に、それを告げることは出来ない」
「なにそれ、意思ってあんた達を退治しようとしてるかどうかって事?そんなの口先だけで何ともいえるじゃない」
無量は声を荒げる。
「口先だけでどうとでも言えるのか?」
念を押すようにゆっくりと繰り返す。
「い、言えるわよ」
ねえと神部に同意を求める。ふられた神部はどう対応して良いか分からず首をひねった。
ねえと場木に同意を求める。ふられた場木は眉尻を下げる。
ねと雁瀬先生に同意を求める。雁瀬先生は考え事に没頭中の様子で無量は無視された。
鉄に一睨みされるだけで無量にはいと同意が出来るほどの自信が失われてしまった。
「自らに誇りを持つ者はけっして偽りを放っておかない。口先だけの嘘を訂正することなく、つき続けることが出来る人間を僕は知らない」
それは筋だった説明を必要としない、圧力だけの一方的な説得力だった。
そうして、もう一度答えを急かす。
「抵抗の意思があるのか、どうなのか。答えを聞かせてもらおう」
ぱんっと手拍子が響いた。驚いた拍子に場木がビクリと身体を震わせる。
視線が雁瀬先生の元に集まる。
「案内してもらおうじゃないの。わっしらは別にここの支配には興味もないことだし」
うんうんと一人納得したように頷きを繰り返す。
そうして、教室内に向かって許可を取る。
「悪くはないでしょ」
呆気にとられながらも、否定する人はいなかった。
杖が床を叩く。
視線はもう一度、仮面を付けた王子へと戻った。
「よくわかった。それでは僕が王の元へ案内する。新参者のことを考え、謁見の時間は夕方に設定している」
そうして、杖を振り上げると足を組み直した。
「それまでゆっくりさせてもらう」
背もたれをきしませながら、椅子に身体を預ける。
驚きに声を上げた上向が疑問を口に出した。
「ここでですか」
「もちろんだ」
質問に対して心底不快そうに片目を閉じた。
王子は椅子と一体化した置物のように座っている。
その気配は薄く、眠っているようにも見えた。
「ねえ、安佛のやつは何処行ったの?」
無量が身体をひねる。
答えづらいのか神部は硬直した。代わりに阿戸鳴が伝える。
「安佛は……あいつに負けて、死んだ」
親指で優雅に座る仮面の青年を指さす。
教室内がざわついた。
「うそ、うそよ。うそうそ」
いつものようにヒステリックに叫び出すかと覚悟した。
しかし、耳をつんざくような声が聞こえることはなかった。阿戸鳴はおそるおそる片目を開ける。
「息、止まったの?」
無量の震える声はかすれて高い。
阿戸鳴は首を横に振った。
「安佛の姿が消えた、体は見てないし……確認も出来てない」
思い出される光景は、王子がマントを広げて何もいないことを見せつけてきたところ。
敗北は間違いない。
背中に乗っていた友人が持って行かれる感覚。身体が軽いことが気持ち悪い。
罪悪感に押しつぶされているのは神部だけではなかった。阿戸鳴も、側にいながら為す術もなく持って行かれたことを悔やんでいる。
喪失を共有したところで、何かが変わるわけではなかった。
「ところで、二人とも無事なのか」
上向が心配して場木を連れてやってくる。
「ああ、あの王子は今んところ、一人しか手にかけられないって。王様が手を出すなって命令していたかららしいんだけど、おかげで俺たちは何ともない」
陽幸の使いすぎで姿は人に戻っているが、影の影響ではないので陽光さえ手に入ればそれで変身も出来るし、あらかた元通りだ。
ただ、精神的打撃は大きい。
「センセーも、平気そうでよかったよ」
虚ろな言葉で、会話は閉じられた。




