二十七話目 うぬぼれるな
「お前! 安佛はどうした!」
神部はマントの襟に掴みかかった。
仮面の奥では双眸が神部の焦った顔を映している。
くぐもった声で何か吐き捨てるように呟いて、それから、襟を掴む手を掴み返した。
「僕に許された手はもう無い。休戦にする」
淡々と彼の声が響き伝わる。
こちらも怒りを辛抱しているのだと言いたげな、熱を隠した冷徹な目が仮面の奥の闇に消える。
きびすを返し、暗闇の中歩き始めた。
「待て。おい、答えろ」
安佛は、何所に消えた。何故、消えた。
頭の中が支配される。不安とか、恐怖とか、そういったものだけでは言い表せない感情。
なぜか、あまり意識して見たことないはずの安佛の仕草や表情が思い出されて、脳裏に浮かんでは消え、走馬燈のように流れていく。
それが、自分の中で安佛を喪失したのではないかという認識を確定してしまっているせいだと気づいた神部は走馬燈を追い払うように首を振った。
ぎいと鉄の関節が音を立てる。
仮面がどんな顔を隠しているのかは分からない。
けれど鉄の半球で響きを増幅させた声は淡々としている。
「消した。この世界から追い出した。僕たちの城に貴様らは居るべきではない」
「本当に、消したのか」
阿戸鳴がいつもの調子に乗った馬鹿げたノリを微塵も感じさせずに、驚きだけのつぶやき声を出す。
仮面の青年は両手を広げて誰もいないことを示した。
神部は足下から崩れるような喪失感を味わった。
「……オレのせいだ」
俯き、拳を握った。
「オレと同じ双子座だから、あいつも平気だと思ってた。双子座だったってだけで、だ。オレが大丈夫だからお前も大丈夫なんて無責任なこと言って、あいつに無理をさせちまった」
涙がこぼれる。我慢しようと思っても止まらない。長袖をくるくる折り曲げたシャツの袖で顔をぬぐう。
「オレが余計なことを言ったから、安佛はこいつのお母さんに立ち向かっちまった。あん時、これで一緒に走れると思ってたけど、それはオレの勝手な押しつけだった」
鼻水が出て、声が上手く出ない。
酷い顔を見せられない。顔を手で覆った。
しゃくり上げながら言葉が止まらない。
「オレは、最低だ」
歯を食いしばり、声を殺して泣く。
ごめんごめんと謝罪の言葉が延々続いた。
動力源の強く正しい責任感が激しい後悔を呼ぶ。
「オレが死んだ方がよかったんだ。こんな後先考えない馬鹿なオレの方が」
安佛は、冷静な奴だった。自分の無謀な数々の行為を引き出して比べてみるが、どうして安佛の方が消えてしまったのか神部には理解できない。
「オレを殺したかったんだろ。妹の敵だと思ってるんだろ」
オレを殺せよ。口元を押さえながら、もう片方の手で激しく背中を向いた肩を掴み、仮面の青年が向き直ったところを睨み付ける。
「うぬぼれるな」
呆れるように、不動の鉄は言い放った。
「貴様だけではない。僕はこの城で騒ぎ立てる者を全て等しく消し去ってやりたいと思っている」
ちらりと剣を見やる。その目でもう一度神部を見据える。
「今は王の情けでここに居続けることが出来ていると忘れているようだな。あるいは知らないのか。どちらにせよいずれ貴様らはここから消える」
堂々とした態度は先ほどまでの戦闘態勢すらとらせない。
「いつまでも居ることが出来ると思っているなら憶えておけ、僕がここで一番貴様らを嫌っている。誰よりも、王よりもだ。次期王の僕が」
酷く殺気立った。けれど、手に持つ剣の切っ先が動く気配はなく、手どころか足も動かす気はないらしい。
「王の用が済めば望み通り消してやろう」
一貫した上から目線の態度はかすかな怒りを呼び起こすと同時に、どこか心地よかった。
感情が落ち着いたらしい、神部の涙は止まっていた。
そして王子はマントを翻し、歩き出した。
「早く来い。貴様らには陽幸が必要だろう」
背中越しではこもった声が酷く聞き取りづらい。意思疎通の気は感じられない。けれど声だけはかけてきた。王が望んだ休戦のために。
抜き身の剣を足にぴったり沿わせることで何も傷つけないという意思を明確にして、唯一煌々と明かりが点る教室内へ躊躇無く向かっていった。
「待ちな」
神部が先行する王子を止める。
阿戸鳴がまた泣かれたりもめたりされては困るのか、不安そうな顔をして見ていた。
「こんな時に言うもんじゃないんだけどよ」
神部は仮面に近づき寄り添う。
「オレは、お前の妹のカタキなんかじゃない」
仮面の王子は後ろを向き直った。
「お前の妹、王女様はな、自ら日の光を浴びて消えてった」
何も言わず、まっすぐ神部を見つめる。
「お前らの生活なんて、よく、わかんないけど、食事がどうこう言ってたのは憶えてる。呪術師が来てから楽しい食事が出来ないとか。人を食べるのが憂鬱だとか」
あいつすっげー呪術師嫌いだったみたいだなと、神部が確認すると兄は小さく肯定の返事を返した。
「そんで、身体が溶けるから忌々しい紋は近づけるなってうるさかったのにさ、日の光を浴びた時には全ての悩みから解き放たれたみたいな、満足そうな顔でさ」
兄は黙って聞いていた。今までなら途中で何かと叫び声をはさんできた印象があったので、いかに真剣に聞いているかよく分かった。
「……だから、王女様は」
「そうか。報告、感謝する」
すこし仮面がうつむいた。それが礼なのか、気分が沈んでいるせいなのか判別は出来ない。
それ以上は何も言わず、教室の方を向くと足を進めた。




