二十六話目 響かぬ鉄
阿戸鳴は走りを止め、身体を翻した。
上体をひねると肩越しに安佛と景気よくハイタッチ。気味の良い音が響く。
けれど敵に向き直ってみると、顔が引きつる。
今のは何だと問いたげに肩に手を当てながら、仮面がまっすぐこちらを見る。鉄が静かに輝いていた。
たいしたダメージの様子はなく、他の亡者のように溶けた様子など微塵も見せない。
「……もう一回いっとく?」
「そうっすね」
念のためだ、念のため。もしかしたら外したのかも知れない。不安を言いくるめながら、もう一度体制を整える。
「いくぜ」
急発進は振動をうんだ。上下の揺れを押さえつつ、前への動きへ変えていく。
イノシシのごとき勢いとなり。必死に耐えようと歯を食いしばる。
右手を構える。陽幸を整えろ。
唯一の対抗手段がこの、思い通りに動くような動かないようなよく分からない太陽の力。
全力で叩き込む必要がある。
相手が構えた。繰り出すタイミングを読む。
阿戸鳴は正面をとって走り続ける。まるでチキンレース。
「外すっす」
ここだと思うところで阿戸鳴を誘導する。
思い通り、敵は踏み込んできた。しかし、流れる動きで身体を翻す。
動作の余韻ではためくマントに隠れてしまう。
「もう一度っす。右!」
下から切っ先が切り上げてきた。
相手が陰に隠れていたぶん、視覚情報が足りない。判断に遅れが生じた。
顔を庇った左袖が切れた。布一枚で腕自体は何とか無傷。
腕には陽幸が溜まった感覚。早くこの腕を打ち込んで終わりにしたい。
焦りを押さえながら、次のチャンスを狙う。
敵はまた動きを止めて様子を見ていた。
「そろそろやばくねえか」
走りっぱなしの阿戸鳴は息切れこそしないが、陽幸切れを心配する。
陽幸切れを体感したわけではないが、神部の陽幸喪失からきた経験則でみるとだいたいこれ位の時間だろう。
あまり無理をして、阿戸鳴が走れなくなってしまったら二人とも一瞬であいつに捕まる。
やむを得ず、教室に戻ることを決心する。
ちょうどそこに助っ人が駆けつける。
「おーい。上向先生が目を覚ましたぜ」
勇ましい足どりで駆けてきた神部。その姿のたくましさに不安が薄れていく。
ちらりと神部は敵を確認した。それから視線を外しても、意識は敵を捕らえていた。
「まーだやってんのか。ちんたらしやがって」
挑発的な言葉は闘争心を鼓舞する。
「仕方ねえな、オレがやってやるよ」
一人でさくさく話を進めてしまう。
神部は仮面の青年と向き合った。
「君の方が抵抗心があり、心得もある。見ていて面白い」
くぐもった声が夜に乱反射する。
なめられていることを悟った神部は不適に笑った。
「見ているだけで良いのかよ」
「いいや、相手をするのも悪くはない」
だが、と言葉を句切ると、低く構えた。
「加減はしない、貴様は妹の敵だっ」
だの発音もままならぬ間に、神部の方が仕掛けていた。それに応じるように切っ先を振り回す。
避ける。避ける避ける。
ばっとマントが翻った。
視界を邪魔するものが地に伏した頃には、神部は膝をついていた。
苦痛に顔を歪めながら、冷酷な鉄を見上げる。
「阿戸鳴!無理を聞くっす」
教室に向けていた身体を反転し、戦士達の間を駆け抜けた。
馬上から手を伸ばし、神部を引き上げる。重みで進行方向がずれたが、今は関係ない。
「うっ、重い」
文句を言いながらそれでも駆けた。
神部の傷の状況を確認する。派手な傷跡があるがすでに治りかけている。
「痛むだけ。大丈夫」
言葉の覇気が半減している。
「あの王子さ相手の動きに間に合わせるのが早いっす。簡単なフェイントもさ避けの動作もさすぐ見切られるぞ」
「なら、どうすんつもりだよ」
簡単なことっすと、人差し指を立てた。
「新しい方法で、毎回さ突撃するっす」
至ってシンプルな方法に神部はめまいを覚えた。
「一人ずつ動くからさ見切られるっす。同時にさばらばらにさ、動けば同じ事をしていてもタイミングをずらすだけで新しいことっす」
いかにそれが名案であるかを安佛自身が力説する。
「その作戦のってやる。お前ら相当外走ってんだ、無理すんなよ」
神部は阿戸鳴の腕に触れた。
「いや、確かに射手っぽく飛び道具は欲しいとか言ったけどさ」
「何か文句でも?」
阿戸鳴は口角を下げて口を横に引っ張る。
投げやすいように腕の位置を調整する。安定したところで、徐々に駆け足のスピードを上げ始める。
阿戸鳴の耳元でひいいと細く悲鳴を上げる。
「お前よくこんな背中に自力で乗れるな」
気を紛らわすために、安佛に語りかける。神部は安佛ほど上手く阿戸鳴に合わせることが出来ない。
「一瞬だからさ、身体がぐらつかないようにさ踏ん張っていろっす」
ひいいと情けない声を上げながら神部は目を細めた。
阿戸鳴が投げた弾丸は飛んだ。
人とは思えぬスピードで飛び込んだ。
構えた剣の狙いを定める暇も与えず、肩から懐に飛び込み、相手にタックルをかました。
神部のイメージとしては陽幸で肩パッドを編んでいる。
仮面の青年にはその物理的な衝撃と、陽幸が浴びせられた。その手からぽろりと剣が落ちる。
そのちょうど後ろには、すでに安佛を乗せた阿戸鳴が待機していた。
背中から飛んでくるその姿に拳を打ち込む。けれど、その前に仮面の王子は身を翻し、安佛へと襲いかかってきた。
結局押し負けて、安佛の手はしびれた。
けれど、溜めに溜めた陽幸は王子に向けて放出された。
安佛は結果的に仮面の青年を受け止めながら阿戸鳴の背から落とされた。
神部と阿戸鳴は壁に打ち付けられるまでふっとんだ二人を追いかけた。
「消えてない」
若干変形して美しい形を忘れてしまった手甲、衝撃でぐったりした姿。
ぎこちない動きを始める。
「僕は陽幸など、欲していない」
首の鉄関節が動く音が響く。
「僕に許された手は、これで終わりだ。ハハノ、仇。うて、ました」
そうして、気付く。
安佛の姿が失われていた。




