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二十四話目 静かな戦闘

毎晩毎晩、夜が長い。

場木は騒ぎの収まった中庭を眺めながら、尾ヒレで床を叩いた。

蓮村が大量の陽光を放ったせいで、調子が悪い。ポップコーンのタネを包んでいたのにそのまま煎られた小さな袋のような気分だ。手の水膜がずいぶん厚くなった気がする。

目を覚まさない黒色の獣の隣で、椅子に座らせられた蓮村は、くたりと机にもたれ掛かったまま眠っている。

場木が目をやる場所が増えてしまっていた。


教室内の動ける者たちは警戒している。

乙女の亡者は「お父様」という存在に助けを求めた。

亡者たちが一晩に二度襲ってきた日もあった。

乙女の亡者の叫びを聞きつけ、またもや影の類がやってくるかもしれない。

誰もが開け放たれた扉を見つめ、その外側へと意識を向けていた。

安佛と神部は開いた戸から進入してくる影を踏みつぶしている。各々の陽光が影に食われ尽きてしまわないように、二人で交互に扉の前に立っていた。


「何か来るっす」

門番をしていた安佛が外を目を細めて見て独り言のように呟いた。

教室内が彼の言葉に反応した頃には安佛は扉の前にいなかった。

数台のパソコンを犠牲にしながら机の上にたたきつけられていた。

「ユル……サン」

聞き取りにくい発音は片言で、その上くぐもり、意志疎通など意図していない。

藍色のマントは青年の見えなかった動きの余韻を残してなびく。

鉄色の仮面は蛍光灯の明かりに鈍く輝いた。

安佛にのしかかったまま、獣のように周りを見回す。

そうしてすぐ脇にいた場木たちを視界にとらえる。机上からの人の感情が見受けられない見下ろしに、場木は固まった。

「……ハハうえのカタキ」

安佛にまたがったまま肩を押さえつけていた鉄の鞘を構え直し、意識を取り戻さない蓮村へと攻撃の体制を整えた。


「やめろ!」

神戸の繰り出した蹴りは青年の手甲に当たり、剣は進行方向を変える。

ぎぎぎとぎこちない甲冑の音を立てて、仮面の狙いが変更された。

「貴様モ……妹。カタキ、ユルサン」

ひゅんひゅんと風切り音を立てながら、針のように細い剣を振り回す。

陽幸を取り戻した神部は一つ一つ動きを見切り、後ろに下がる。

相手の動きが把握できたとしても、反撃の隙は見えない。

仮面の青年はぴりぴりとした緊張感と呼吸さえ止めに来そうな殺気を放ったまま動きを止める。

素早いやりとりこそ行われないが、この青年に対峙すれば知性のある者は動けない。

石膏の彫刻のように微動だにしない構えは美しく、周囲の時間まで止めてしまう。

かすかに空気だけが震え、くぐもった声を伝える。

「王の命令である。皆、即座に謁見されるべし」

相変わらず仮面の奥は怒りに燃えるまなざしだが、感情を殺し、至って形式的に言葉を伝えた。

教室内がざわつく。


「ただし」

注目を集めるように、言葉を句切り声を張った。

その場の者達が首をかしげる間を与える。

「僕にはこの中の一名を犠牲にすることが許されている」

剣を見せつける構えは微かにも動かしない。

「愚かな人間共に問うてやる」

誰を犠牲にする?

残酷なほどに冷徹な声は、鉄の仮面と同じ輝きをしていた。


「ふざけないで」

圧迫に負けながら、震える声で抵抗する。

第一の反抗者は巨大な蟹の形をした無量だった。

「一人だけ殺すって?冗談じゃない」

教室の奥でハサミを握りしめる。

「仲間が傷つくのなんかごめんよ」

右のハサミで指さすように伸ばして見せた。

「ならば君が犠牲者になるか?」

仮面の青年は首を神戸に向けたまま腕をひねり、切っ先だけを無量へと向けた。

それだけの動き。それだけで緊張感のあまり無量は次の言葉を紡げない。

「君は一番後ろにいる。君は分かっていないようだがね」

一番近くにいる神部と安佛の方が警戒すべきなのでねと態度がいう。

「それは!」

「動けない、身体が大きい。言い訳はたくさんあるだろう。けれど、事実は一つだ。君は後ろにいる」

無量の言葉は遮られた。仮面の青年は酷く不快と言いたげな仕草を見せる。

「この下で弱者を看病している娘のように、震えていればいいものを」

脇にいる場木を足で指した。

無量はやり場のない怒りを抱いた。宛先はあの青年ではない。認めたくないが、無量のこの怒りの源は自分自身の可能性が高い。


阿戸鳴は様子をうかがっていた。

安佛は仮面の青年に馬乗りにされ身動きがとれない。それでも、神部と無量が青年の気をそらしたのを良いことに、その喉を危険にさらしながら阿戸鳴とアイコンタクトを計っていた。

神部は絶対に青年から目を離さないので、阿戸鳴達の企みを察することは出来ない。

そんなやりとりを監督のように見守るのが雁瀬先生だった。

教室の奥からさりげなく指示をする。

指さし、ジェスチャー。事前の打ち合わせがないものだから、本当の意味は分かりかねる。

安佛を救い出したら囮になり廊下を走れ。

無茶を言うなと思いつつ、阿戸鳴はそっと悟られないように立ち上がった。

けれど悟られないはずがない。ワンテンポ遅れてちらりと神部の目が動いた。

阿戸鳴はちょうど青年の真後ろに立っていたのだが、青年は動作に気づき少し目を動かした。その動きにつられて一点集中しかできないはずの神部が阿戸鳴の動きを見てしまった。


気付かれていると分かった阿戸鳴は安佛に合図した。

その合図で安佛は青年の拘束から離脱を計る。

簡単に抜けられたら苦労しない。青年の意識がいくらか下へ行ったところで、後ろから阿戸鳴が突き飛ばす。

仮面はどんな状況になろうと神部だけを一番警戒していた。神部も注意の矛先は青年へ絞ったままでいた。

すり抜けた安佛はそのまま阿戸鳴の背中に乗り、いったん広い場所へ逃げた。あまり長い時間は外で過ごせない。


仮面の青年はというと囮になるはずだった男子生徒達を鼻で笑った。

「愚かなことだ。自ら弱りに影の中を行くなど」

愉快なのか呆れなのか、怒りの目は少し歪んだ。

そうして、もう少し神部とにらみ合った後、馬を追いかけ外へと走った。

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