二十話目 二人は双子座
安佛と阿戸鳴で気絶したままの影の薄い男を運ぶ。
力の入っていない他人の身体は重く、どうしようもなく扱いにくい。健康そうな体型が運び手としては憎かった。
おろおろしながら生徒達が上向を落としはしないかと心配でたまらず、蓮村は変に介助しようと手を伸ばしたり引っ込めたりしながら横を歩く。邪魔したくない気持ちが表れているが、後側を運ぶ阿戸鳴にとっては非常に邪魔だった。
「腕がさ、しびれてきたぞ」
安佛が横着をし出す。片手で絶妙なバランスを取るので、蓮村のハラハラは止まらない。
そのハラハラを見て、阿戸鳴も内心どきどきする。
「せめてさ、阿戸鳴が陽幸を使えたらさ、馬の背中にさ乗せるだけでいいのにな」
魂を落っことしそうな長くて重いため息と一緒に出てきた提案に、その手があったかと先を進んでいた雁瀬先生が指弾を撃つ。
「阿戸鳴、先に帰れ。そんでもって変身だ」
キレのある動きで指示が飛んだ。特に、そんでもって変身だの所の指さばきなんかカミソリ並みにキレッキレ。
「ラジャー」
気圧されたのかただ単に調子にのっただけなのか、貨物の足を落としてまで敬礼をきめる。
ごんっと石畳にかかと落とし。無意識でも身体はぴくりと反応する。痛そうだが上向は起きない。
その光景に蓮村はあわあわしていた。
「そんじゃ、阿戸鳴が戻ってくるまでおんぶだ」
頼むぞ安佛。無責任な教師に不満をたれる。
「いやいや、上向先生何キロなのさ。重すぎるぞ」
「頑張れ男の子」
「先生も手伝っうっすよ」
やーだねなんて陽気に返事。軽やかな足取りで先に向かう。
「わ、私でよければ手伝います」
どう持てばいいかなと手を振りながら荷物の足下をうろうろする。
どうも身長の関係とか動きのタイミングとかが合わずに荷物のバランスがとれない。荷物だって意識がないにもかかわらず苦しそうにしている。
「先生、もっとさ、ゆっくり歩けないっすか?」
安佛が指摘すると声を上げた蓮村が速度を落とした。
くの字型に曲がるのは仕方ないとして、ひの字型よりはマシだろう。心なしか、上向の表情も和らいだ。
「遅いぞ。結局さ運んじゃったぞ」
音を立てて半開きだった教室の扉を全開にする。
陽幸を取り入れて変身したらすぐに戻ってくるはずだったのに、阿戸鳴はなかなか戻ってこなかった。
なかなか来ないどころか、結局安佛と蓮村が教室まで気を失ったままの上向をここまで運んできたのだ。
「変身にどれだけ時間をさ、かけるつもりだったのさ」
呆れがちに文句を述べる。
そして、扉の近くにいた阿戸鳴に目をやると、そいつはまだ人間をしていた。
「時間をかけるつもりは別になかったんだ、けどなんか……調子でねえ」
目前のパソコン画面を指でなぞりながら、しかめ面を浮かべる。
運んできた荷物を椅子を並べた即席ベッドの上に降ろすと、言い訳を聞きに行った。
「どうもな、陽幸を手に入れるって感じがしねえの」
画面の前で頭を付き合わせる。阿戸鳴は気怠そうに机に突っ伏し顔を横に向けた。
阿戸鳴は先に走って帰ったので、時間だけで言えばもうそろそろ全身に変化が現れてもいい頃だ。
「安佛、ちょっとツラ貸せ」
古い時代のヤンキーみたいなセリフが頭上から降ってきた。
見上げると湿気を含んだままのタンクトップと半ジャージ姿の神部が机の向こうに立っている。
「神部さ、早く服着るべきだぞ」
指摘をすると気にしていたのか、少し青筋を立てた。
少しの間の後、開き直った様子で教室内を歩く。ひたひたと湿った靴下が足音を立てる。
「いいんだよ、こっちの方が動きやすい」
扉の前で、一度振り返った。
「おい、早く来い」
逆光を浴びた顔色が、随分と威圧的に映り込んだ。
「さっきはなめたマネしてくれたな」
促されるように外に出てそうそう、安佛は眼力で怯まされた。
もともとドングリのような目玉だ。体育会系らしいベリーショートの髪型のせいもあって顔の印象のほとんどが目に持っていかれる。
その目で一睨みされただけで十分に相手の動きは止まる。
けれども、負けじと安佛は踏ん張った。
「さっきって、どれさ」
「仮面の奴のこと」
くいとあごで中庭を指す。
「オレはお前がさっさとトドメをさしてくれると思ったから、危険を顧みずに仮面の奴の動きを止めにいったんだ」
静かな声は段々と怒声に変わる。
「それがなんだ、そんな残酷な事しなくてもいい? ふざけてんのか」
神部の手が胸ぐらをつかみに伸びてきたので、大きく逃げるように後ろへ下がった。
また蠍座の呪いでも受けたのかと不安になるが、そうではない。身に覚えのない事で責められているわけではなかった。
「相手しろよ。んでもって、お前がオレと同じ双子座ってことを知れよ」
そう言うと、拳を握ったまま助走を付ける。イヤな予感がして、安佛は一目散に逃げた。
「待って、待つっす」
叫び声を上げながら駆け抜ける。後ろを振り返る暇もない。きっと神部の事だ怖ろしい瞬発力ですぐ回り込んでくるだろう。安佛の脳裏ではすでに五パターンで回り込まれていた。
けれど、神部はいつまで経っても眼前には現れない。
足を止めることは出来ないが、ちらりと肩越しに鬼を確認する。
随分と後ろを走っている。
そんなはずがない。神部は本気を出せば、安佛なんて瞬殺出来るような奴だ。
言いようもない違和感を抱きながらもう少し走る。そして心配するように後ろを確認した。
神部はいなかった。
どこかでバテたのだろうか。不審に思った安佛は足を止め、おそるおそる引き返した。
最後に神部を見かけた辺りまで引き返したのだが、廊下には人の気配がない。
からかわれただけなのかと、適当に理由を付けて納得しようとした。神部が自分に手を挙げるはずがない。先に浴びせられた怒声には真剣味しか感じられなかったけれど、あれは迫真の演技だったななどと思考を言いくるめる。
頭を振って、教室に戻ろうとしたときに、神部のそれは演技でなかったともう一度思い知らされる。
後ろからチョークスリーパーをかけられたのだ。
全く気がつかなかったわけではない。気配は音で感じていた。けれど、平和思考の安佛は対応する術を持っていなかった。
背の高い神部は楽々と首に手を回し、加減をしながら気道を締めにかかる。
抵抗をしようと首に回された腕を叩けども、まるで機械のようにゆっくり締め上げる。
自然にあごが上がり全身をばたばたさせながら、苦し紛れに伸ばした手が空へ向けられた神部の右手首を掴む。
神部の手を下ろすようにグッと力を入れると、安佛は解放された。
胸に深く染み渡らせるように呼吸をする。
「な、なんなのさ」
神部の手首を強く握ったまま、相手を正面に持ってくる。
すると、スナップのきいた裏拳が顔面にたたき込まれた。
眉間を打たれ、驚いた拍子に手首を放してしまった。相手は流れるように足を引き、次の攻撃を放つ。
一瞬だけ、時が止まったような気がした。彼女の目から、姿勢から、狙いが分かる。狙いは……ボディ。
とっさに判断が降りた。
「いいかげんに、さ!」
相手が打ち込んでくるよりも早く、動作を殺すようにその手を払った。
そしてその動きのままもう一度彼女の手首を握り閉めると、勢いに任せ肩を後ろ手に固めた。
それでも抵抗するので、小学校の頃から磨き上げた必殺技・膝カックンを仕掛け、手首を引っ張り尻餅をつかせた。
正座をさせるに至った事でもう彼女は安佛が拘束を解くまで動けない。
「……やりゃあできるじゃん」
背中越しに神部が笑っているような気がした。
「分かったろ、お前も戦えるんだ」
首をかしげ、後ろを見る。膝立ちの安佛の顔を見上げ、柔和な顔をしていた。
「少なくとも一般人よりゃ上回った立ち回りが出来る」
「一般人はさ、神部みたいな事しないぞ」
「お前、本気で言ってるのか?」
黙っていると、神部が神妙な顔をする。
「オレは今陽幸が使えねえ。多分阿戸鳴が変身に時間がかかっているのも同じ理由だと思う」
安佛は拘束を解いた。神部は正面を向いて座り直す。
「でも、お前は使えるんだろ。さっきの動きは普段の安佛じゃ無理だ」
指摘は鋭いが、ずいぶん嘗められているような気がして気に入らない。
そんな不満が伝わったのか、神部が安佛のことは正直腑抜けと思っていると断言した。
「そこまで言うっすか」
肩が落ちた。
「けれど、お前にだから頼みたいことがある。お前にしか頼めない」
「俺にしか?」
神部は力強く頷いた。
「今だけで良い。陽幸の使えない間限定だ。オレの代わりに、みんなを守って欲しい」
ドングリのような目玉が輝いていた。
「オレと同じ双子座だろ。きっとオレみたいに少しぐらい身体を張っても大丈夫」
「一緒にされたらさ、困るぞ」
にひひと神部は笑った。
「一緒さ。だってオレら双子だろ?」
その笑顔は太陽のように安佛を照らした。そんな神部に正面から対抗する術を持ってはいなかった。
「けど、甘すぎるんだよな。手首握った状態で相手振り回せるならもっと派手にプロレス技とかかけられるだろ。なんつったっけ、背骨折るやつ。なんとかバックブリッカー?」
神部の思考回路は安佛にしてみると随分中抜けしているように見えた。
「手首握っただけでさ、そんな大技にさ、どう持って行くのさ」
声に出してから、やぶ蛇だったと気付いた。
にっと歯をむき出して笑ったのを確認した時には、背中に彼女の肩を感じた。
手と足に神部の手がかかっている。手首を握るなんて大嘘だ。思い切り二の腕と太腿を握られる。
安佛は祈った。願わくば五体満足で解放されることを。
その祈りは届いたらしく、意外とあっさり解放された。自由落下で。
「悪い。想像以上に重かったわ」
手が滑ったと謝罪した。すっごく軽い謝罪をした。




