琵琶湖に映る私
第51話「琵琶湖に映る私」
離婚が成立してから、二年が過ぎた。
大輝は刑務所を出た。
だが、自由になったわけではなかった。
背負うものは、まだ残っていた。
*
出所後の大輝は、建築現場で働き始めた。
朝早く起き、現場へ向かう。
資材を運び、足場を確認し、汗まみれになって働く。
刑務内作業で得た収入だけでは、到底足りない。
賠償金。
会社への支払い。
養育費。
そのすべてを、少しずつ返していくしかなかった。
*
昼休み。
大輝は弁当を食べながら、ふと考える。
一幸は、どんな顔をしているのだろう。
どんな声で笑うのだろう。
どんな暮らしをしているのだろう。
会いたい。
そう思うことはある。
だが、会えない。
それは誰かに邪魔されているからではない。
自分の罪のせいだった。
*
刑務所の中で、あの囚人に言われた言葉が、今も耳に残っている。
「お前の子どもは生きとるんやろ」
「自分の罪を子どもに背負わせるな」
その言葉は、大輝の中に深く残っていた。
だから大輝は、今日も働いた。
せめて一幸に、自分の罪の重さまで背負わせないために。
*
一方、梨花は新しい人生を歩いていた。
徳田薫との関係は、ゆっくり育っていった。
急がなかった。
踏み込みすぎなかった。
薫は梨花の過去を知った上で、ずっと穏やかに寄り添った。
そして二人の縁談はまとまり、晴れて夫婦となった。
*
篠田家では、またしても麻里子の恋愛捜査官が発動していた。
「はい、徳田さん」
麻里子がノートを開く。
「梨花お姉ちゃんのどこが好きですか?」
「ちょっと麻里子!」
梨花が慌てる。
すると横から一幸が手を挙げた。
「はい! 助手の一幸でしゅ!」
「一幸くんまで!?」
麻里子は満足そうにうなずく。
「優秀な助手です」
一幸は真剣な顔で薫に聞いた。
「梨花おねえしゃん、かわいい?」
薫は少し照れながら答えた。
「うん。かわいいよ」
梨花は真っ赤になった。
「もうやめて!」
座敷は笑いに包まれた。
*
そして、一絵にも新しい風が吹き始めていた。
旅館の厨房。
一絵は板前見習いとして成長し、今では客前に出せる料理も任されるようになっていた。
そのそばで働く板前、西田克己。
真面目で無口。
だが仕事には誠実で、一絵の努力を誰よりも見ていた。
*
ある夜。
仕込みが終わった厨房で、克己が一絵に声をかけた。
「立花さん」
「はい」
「少し、話があります」
一絵は手を止めた。
克己は真剣な眼差しで言った。
「僕は、あなたのことが好きです」
一絵は息をのんだ。
*
「うちには子どもおるし」
「はい」
「私の身に起こったことも、知ってると思うけど」
「知っています」
「それでもええの?」
克己は迷わなかった。
「すべて理解した上で、交際を申し込んでいます」
一絵の目が揺れた。
「一幸のことも?」
「もちろんです」
「簡単じゃないよ」
「分かっています」
「母親としての私も含めて?」
克己は深くうなずいた。
「含めて、あなたです」
*
その話は、すぐに篠田家の座敷へ伝わった。
そして――
「恋愛捜査本部、緊急招集!」
麻里子が立ち上がった。
一幸も手を挙げる。
「助手、いきましゅ!」
さらに。
「私も入る」
梨花が真顔で言った。
一絵が驚く。
「梨花さんまで!?」
梨花はにっこり笑った。
「今度は私も捜査官側に回る」
麻里子が拍手する。
「頼もしい新人捜査官加入!」
一幸も真似する。
「しんじんしゃん!」
一絵は顔を真っ赤にした。
「もう、みんなして……」
*
笑い声が広がった。
かつて泣き声ばかりだった場所に、今は笑い声がある。
梨花は思った。
水面に映る私は、もうあの日の私ではない。
傷は消えていない。
でも、その傷だけで人生が決まるわけではない。
新しい出会いもある。
笑える日もある。
そして、誰かをもう一度信じてみようと思える朝も来る。
*
次回予告
最終話「私は、私の人生を生きる」
梨花は徳田薫と新しい家庭を築き始める。
一絵は一幸と、そして克己との未来に向き合う。
麻里子と陽介も、自分たちらしい夫婦の形を歩んでいく。
壊された日々を越え、それぞれが選ぶ明日。
最終話、
「私は、私の人生を生きる」
人生は、壊された場所で終わらない。




