私は私の人生を生きる
最終話「私は、私の人生を生きる」
あの日から五年が過ぎた。
泣き続けた夜も。
裁判所へ通った日々も。
離婚届に名前を書いた瞬間も。
今はもう、遠い過去になっていた。
*
春。
旅館の庭では桜が咲いていた。
その下を元気よく走り回る子どもたち。
「まってー!」
「いややー!」
「ぼくもー!」
笑い声が響く。
*
梨花と薫の間には二人の子どもが生まれていた。
長男・悠太。
四歳。
元気いっぱいのやんちゃ坊主。
長女・弥生。
二歳。
父親似の優しい笑顔を持つ女の子。
*
「悠太ー!」
梨花が呼ぶ。
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
その声を聞きながら、梨花は微笑む。
あの頃の自分には想像できなかった未来だった。
けれど今は、胸を張って言える。
幸せだと。
*
一方。
麻里子と陽介の家も賑やかだった。
長女・茉莉。
五歳。
おしゃべり好き。
次女・睦子。
三歳。
姉の真似ばかりする。
*
「おかあさん!」
「なにー?」
「おとうさんがおやつ食べてる!」
「陽介ぇー!」
「違う!味見や!」
相変わらずの夫婦漫才。
家の中は毎日笑い声が絶えなかった。
*
そして一絵。
克己と結婚し、新たな家族を築いていた。
一幸はもう小学生になっていた。
元気いっぱい。
友達も多い。
優しい子に育っていた。
*
さらに。
克己との間には弘毅が生まれていた。
二歳。
一幸の後ろを追いかけてばかりの弟分。
「にいちゃーん!」
「走るなって!」
兄弟の声が旅館に響く。
*
一絵はその光景を見ながら思う。
あの時。
絶望しか見えなかった。
でも人生は終わらなかった。
支えてくれる人がいた。
信じてくれる人がいた。
そして今がある。
*
一方。
遠く離れた建築現場。
大輝は今日も働いていた。
汗まみれになりながら。
重い資材を運びながら。
黙々と働く。
*
休憩時間。
財布の中には振込明細。
養育費。
賠償金。
今でも支払いは続いている。
*
大輝は空を見上げた。
一幸は元気だろうか。
もう会えないかもしれない。
それでも。
自分が果たすべき責任は最後まで果たそう。
そう思っていた。
*
あの日。
刑務所で聞いた言葉。
今も忘れていない。
――自分の罪を子どもに背負わせるな。
*
夕方。
旅館では大勢の家族が集まっていた。
光博。
七海。
梨花。
薫。
麻里子。
陽介。
一絵。
克己。
そして子どもたち。
*
「ご飯できたよー!」
七海の声。
「はーい!」
子どもたちが一斉に返事をする。
*
賑やかな食卓。
笑い声。
他愛もない会話。
普通の日常。
*
でも、その普通の日常こそが。
彼女たちが取り戻したかったものだった。
*
人生は。
壊されることがある。
裏切られることもある。
理不尽なこともある。
許せない出来事もある。
*
それでも。
人生はそこで終わらない。
*
傷は消えない。
記憶も消えない。
けれど、人は前を向くことができる。
もう一度笑うことができる。
もう一度誰かを信じることができる。
*
梨花は空を見上げた。
夕焼けが広がっている。
その隣には薫。
その先には家族。
子どもたち。
未来。
*
梨花は静かに微笑んだ。
「私は、私の人生を生きる」
*
人生は、壊された場所で終わらない。
その先にある明日を選ぶことができる。
そして今日も。
新しい朝へ向かって、人は歩いていく。
― 完 ―




