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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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不倫相手への請求

第43話「不倫相手への請求」


 大輝は、また言った。


「払えない」


 その言葉は、何度目だっただろう。


 慰謝料。


 養育費。


 会社への賠償。


 探偵費用。


 弁護士費用。


 すべてを前にして、大輝はただ同じ言葉を繰り返していた。


「払えるわけないやろ」


     *


 面会室。


 そこには、大輝と、弁護士を通じて同席を許された三人がいた。


 梨花。


 一絵。


 麻里子。


 ガラス越しに座る大輝は、以前より痩せていた。


 だが、目の奥にはまだ、どこか責任から逃げようとする色が残っていた。


     *


 一絵が口を開いた。


「大輝」


 大輝は顔をそらす。


「何や」


「あなたに少しでも良心の呵責があるなら、最後まで責任を果たしなさい」


 大輝は黙った。


「一幸は、あなたが軽んじようとした命です」


 その言葉に、大輝の肩がわずかに動く。


「でも、あの子は今、生きています」


 一絵の声は震えていた。


 けれど、弱くはなかった。


     *


「一幸がいつか」


 一絵は続けた。


「僕は生まれてきて幸せだと、胸を張って言えるように」


 目に涙が浮かぶ。


「あなたは責任を全うしなさい」


「……」


「逃げるな」


 大輝は何も言えない。


     *


 梨花も静かに言った。


「大輝」


 大輝は顔を上げる。


「私たちは、あなたを許すためにここに来たんじゃない」


「……」


「でも、これ以上逃げ続けるあなたを見過ごすつもりもない」


 麻里子も続けた。


「払えない、じゃない。どう責任を取るかを考える段階や」


     *


 一絵は涙を拭った。


「これが、私からあなたに渡す、せめてもの愛情です」


 大輝が顔を上げる。


「愛情……?」


「そう」


 一絵はまっすぐ見た。


「あなたを甘やかすことじゃない」


「……」


「あなたに逃げ道を作ることでもない」


「……」


「一幸の父親として、せめて責任から逃げるなと言うことです」


     *


 大輝は唇を噛んだ。


 面会室は静まり返った。


 梨花、一絵、麻里子。


 三人の視線は厳しかった。


 それは憎しみだけではなかった。


 責任から逃げる人間に向ける、最後の警告だった。


     *


 大輝は小さくつぶやいた。


「俺に……できるんか」


 梨花は答えた。


「できるかどうかじゃない」


 麻里子が続ける。


「やるんや」


 一絵は最後に言った。


「一幸の未来を、あなたの逃げ癖で汚さないで」


     *


 大輝は何も返せなかった。


 だが、その沈黙は、これまでとは少し違っていた。


 初めて、自分が逃げ続けてきた責任の形を見た沈黙だった。


     *


次回予告


第44話「大輝の孤立」


 三人から責任を突きつけられた大輝。


 刑務所の中で孤立し続けていた彼は、ようやく自分が誰からも信頼されていない現実と向き合い始める。


 一方、一絵は一幸の未来のため、さらに強く生きようと決意する。


 次回、

第44話「大輝の孤立」


 逃げ続けた先に、誰も待ってはいない。

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