調停開始
第41話「調停開始」
一幸の問いは、一絵の心に深く残っていた。
「いっくんのおとうさんは?」
その言葉は、責めるものではなかった。
ただ、純粋な疑問だった。
だからこそ、一絵は苦しかった。
*
一絵は思った。
一幸には、人を恨んだり、憎んだりする人にはなってほしくない。
大輝がしたことは許されない。
けれど、その罪を一幸の心にそのまま背負わせてはいけない。
父親を憎め。
父親を恨め。
そんなふうに育てたくはなかった。
*
夜。
一絵は七海に相談した。
「いつか、本当のことを話す日が来ますよね」
七海はうなずいた。
「来ると思う」
「でも、どう話せばいいのか分からないんです」
「急がんでええ」
七海は静かに言った。
「真実は、子どもの年齢に合わせて渡すものやと思う」
*
一絵は一幸の寝顔を見た。
小さな手。
穏やかな寝息。
この子はまだ何も知らない。
でも、大輝が残した傷は深く、大きい。
梨花を傷つけた。
一絵を騙した。
麻里子を侮辱した。
そして、この子の命さえ軽く扱おうとした。
*
梨花もまた、その話を聞いていた。
「一幸くんには、ちゃんと愛されて生まれてきたって伝えてあげたい」
一絵は顔を上げた。
「梨花さん……」
「大輝がどうだったかとは別に、一幸くんの命は大事やから」
その言葉に、一絵は泣きそうになった。
*
麻里子も言った。
「真実を隠し続けるのは違うと思う。でも、憎しみだけで渡すのも違う」
七海がうなずく。
「そうやね」
光博は静かに茶を置いた。
「大事なのは、一幸くんが自分を否定せんように伝えることや」
*
一絵は涙をこらえながら言った。
「この子が、自分は望まれなかった子なんやって思うのだけは嫌です」
梨花は首を振った。
「そんなこと絶対ない」
麻里子も言った。
「一幸くんは、みんなで守ってきた子や」
*
その夜、一絵は一幸のそばで小さくつぶやいた。
「いつか話すね」
寝ている一幸は、何も知らずに小さく息をしていた。
「でもその時は、あなたが自分を嫌いにならない言葉で話すから」
*
真実は、刃にもなる。
でも、渡し方を間違えなければ、未来を守る灯りにもなる。
一絵は、その日まで母として強くなろうと思った。
*
次回予告
第42話「壊した側」
一幸へ真実をどう伝えるか。
その問いを通して、梨花と一絵は改めて気づく。
壊したのは、自分たちではない。
壊した側が責任を負うべきなのだと。
次回、
第42話「壊した側」
傷ついた側が、自分を責める必要はない。




