俺は悪くない
第36話「俺は悪くない」
刑務所の中。
大輝は、弁護士を通じて返ってきた書面を読んでいた。
梨花からの拒絶。
一絵からの拒絶。
どちらにも、もう会うつもりはないと書かれていた。
一幸にも会わせない。
連絡も不要。
謝罪文も不要。
大輝は紙を握りしめた。
「なんでみんな、俺の気持ちが分からないんだよ」
*
その言葉は、同じ部屋にいた受刑者たちの耳にも届いた。
誰もすぐには反応しなかった。
だが、空気は明らかに冷たくなった。
しばらくして、一人が小さく言った。
「あいつ、今でも被害者ヅラしてんのか?」
別の男が眉をひそめる。
「あいつ、考え方やばいだろ」
さらに別の受刑者が吐き捨てるように言った。
「あんなやつに人生振り回された女も可哀想だよな」
*
大輝はその声に気づいた。
「何だよ」
だが誰もまともに相手にしない。
それが余計に大輝を苛立たせた。
刑務所の中でも、彼は孤立していった。
*
食事の時間。
作業の時間。
休憩の時間。
大輝の周りには、少しずつ距離ができていく。
反省しない。
人のせいにする。
命のことまで軽く扱う。
その態度は、塀の中でも受け入れられなかった。
*
やがて、刑務官にも報告が入った。
「葛城が周囲とトラブルになりそうです」
「発言内容が不安定です」
「反省の方向ではなく、被害妄想的に周囲を責めています」
刑務官は記録を確認した。
そして判断した。
「医師の診察を受けさせる」
*
数日後。
大輝は精神科医の診察を受けることになった。
診察室。
医師は静かに尋ねた。
「あなたは、自分がしたことをどう考えていますか」
大輝はしばらく黙った。
そして言った。
「俺も追い詰められてたんです」
「何に?」
「妻に」
医師は表情を変えない。
「具体的には?」
「俺を責めた。探偵を使った。会社にも言った。裁判にした」
医師は少し間を置いた。
「その前に、あなたは何をしましたか」
大輝は答えない。
*
医師は記録に目を落とした。
「あなたは、妻に暴言を吐いた」
「……」
「別の女性に独身だと偽った」
「……」
「妊娠した相手に、命を諦めるよう求めた」
「……」
「SNSで責任を転嫁した」
「……」
「それでも、自分だけが被害者だと思っていますか」
大輝は唇を噛んだ。
「俺だって苦しかった」
医師は静かに言った。
「苦しさは、他人を傷つける免許にはなりません」
*
その言葉は、大輝にすぐ届いたわけではなかった。
彼はまだ、自分の中に閉じこもっていた。
自分が失ったものばかり見ている。
自分が壊したものを見ようとしない。
だから、同じ場所に立ち続ける。
*
一方。
梨花は病院で働いていた。
一絵は旅館の厨房で包丁を握っていた。
麻里子は陽介との結婚準備を進めていた。
人生は進んでいる。
大輝だけが、過去の言い訳の中に取り残されていた。
*
次回予告
第37話「録音された言葉」
刑務所での診察を通じ、大輝は自分の発言と向き合わされる。
録音された暴言。
残されたSNS投稿。
そして、命を軽んじた言葉。
一方、梨花はかつての録音を聞き返し、自分がどれほど耐えていたのかを改めて知る。
次回、
第37話「録音された言葉」
言葉は消えない。残した人間のもとへ、必ず返ってくる。




