内容証明
第34話「内容証明」
穏やかな日常が、少しずつ戻ってきていた。
梨花は病院近くの部屋で暮らし、週末には実家へ帰る。
一絵は板前見習いとして働きながら、一幸を育てる。
麻里子と陽介は結婚準備を進めていた。
そんなある日。
梨花のもとに、弁護士事務所から連絡が入った。
*
「大輝さん側から書面が届きました」
梨花は一瞬だけ目を閉じた。
内容証明。
過去は、ときどき封筒に入って届く。
*
弁護士事務所で、梨花は書面を確認した。
そこには、反省らしい言葉が並んでいた。
《自分のしたことを後悔しています》
《いつか許してもらえる日を待っています》
《出所後、一度だけ直接謝罪したい》
梨花は最後まで読んだ。
そして、静かに書面を置いた。
*
弁護士が尋ねる。
「どうされますか」
梨花は迷わなかった。
「直接会うつもりはありません」
「分かりました」
「謝罪したいなら、書面で十分です。でも、私の人生に近づくことは認めません」
声は落ち着いていた。
*
かつての梨花なら揺れていたかもしれない。
謝りたいと言われたら、聞いてあげなければと思ったかもしれない。
でも今は違う。
相手の後悔に、自分の安全を差し出す必要はない。
*
その夜。
梨花は麻里子に話した。
「内容証明、来た」
「うわ、まだ来るんや」
「うん」
「で?」
「会わないって返す」
麻里子は大きくうなずいた。
「それでいい」
*
梨花は窓の外を見た。
夜の街に、病院の明かりが見える。
自分が働く場所。
自分が選んだ暮らし。
自分が守る人生。
もう、封筒一つで揺らぐものではなかった。
*
次回予告
第35話「不倫相手の沈黙」
一絵は、大輝から届いた謝罪文を読む。
だがそこには、彼女が本当に欲しかった言葉はなかった。
一幸を抱きながら、一絵は静かに決める。
次回、
第35話「不倫相手の沈黙」
謝罪は、相手の心に届いて初めて意味を持つ。




