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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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大輝からの電話

第32話「大輝からの電話」


 春の終わり。


 梨花の生活は少しずつ落ち着きを取り戻していた。


 病院の仕事。


 週末の実家。


 一絵と一幸の成長。


 麻里子と陽介の婚約。


 傷は残っている。


 それでも前へ進んでいた。


     *


 その日の夕方。


 仕事を終えた梨花のスマホに一本の電話が入った。


 知らない番号だった。


 少し迷ったが、出た。


「はい」


 数秒の沈黙。


 そして。


「俺や」


 梨花の表情が変わった。


 大輝だった。


     *


 刑務所からの発信だった。


 梨花は黙る。


 大輝はなぜか少し明るい声だった。


「元気にしとるか?」


 梨花は答えない。


「なぁ」


 大輝は続けた。


「俺が出所したら迎えに行くから」


     *


 梨花は思わず固まった。


 そして。


「は?」


 低い声が出た。


「誰が?」


「だから俺が」


「違う」


 梨花は即座に遮った。


「誰が、あんたと再婚なんかすると思う?」


 電話の向こうが静かになる。


     *


 梨花は続けた。


「第一に、連絡も接触も禁止されてるよね?」


「いや、それは」


「ほんと、ギャグのつもり?」


 大輝は言葉に詰まる。


「俺は本気で」


「私は本気で嫌です」


 即答だった。


     *


 梨花はもう昔の梨花ではなかった。


 顔色をうかがわない。


 怒鳴り声に怯えない。


 自分を責めない。


「二度と連絡しないで」


 梨花は静かに言った。


「私の人生に入ってこないで」


     *


 電話を切ったあと。


 梨花はすぐに動いた。


 弁護士へ連絡。


 警察へ連絡。


 記録を保存。


 通話内容を報告。


 すべて迷いなく行った。


     *


 翌日。


 弁護士事務所。


 担当弁護士はため息をついた。


「本当に反省している人間ならやらない行為ですね」


 梨花も苦笑するしかない。


「そうですね」


「接触禁止に違反している可能性があります」


 弁護士は資料を整理した。


「刑務所側にも正式に報告します」


     *


 警察も対応を開始した。


 接触禁止命令の趣旨。


 被害者保護。


 再発防止。


 関係機関への連絡。


 大輝の行動は軽く見られなかった。


     *


 一方。


 刑務所。


 大輝は呼び出されていた。


 職員の表情は厳しい。


「葛城」


「はい」


「接触について報告が来ている」


 大輝の顔色が変わる。


「いや、俺は」


「説明は結構」


 職員は冷静だった。


「ルールを守りなさい」


     *


 大輝は初めて理解した。


 外にいた頃のようにはいかない。


 自分の都合で人に近づけない。


 自分の願望で過去を取り戻せない。


 それでも、まだどこかで理解しきれていなかった。


     *


 その夜。


 梨花は実家へ電話した。


 七海が出る。


「どうしたん?」


「大輝から電話あった」


 一瞬沈黙。


 そして七海が言った。


「アホやな」


 梨花は吹き出した。


「うん」


「ほんまにアホや」


 二人とも少し笑った。


     *


 電話を切ったあと。


 梨花は窓の外を見た。


 夜景が広がっている。


 もう戻らない。


 戻る必要もない。


 自分の人生は、自分で歩いていく。


 その決意は、以前よりずっと強くなっていた。


     *


次回予告


第33話「婚約指輪」


 麻里子と陽介は正式に結婚準備を始める。


 指輪選び。


 両家顔合わせ。


 そして未来の話。


 一方、一幸は初めて「まま」と聞こえる声を出し、一絵を涙ぐませる。


 次回、


第33話「婚約指輪」


 幸せは、少しずつ積み重ねるもの。

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