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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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初めての給料日

第30話「初めての給料日」


 一絵に、旅館で働き始めてから初めての給料日が来た。


 封筒を受け取った時、一絵は思わず両手で抱えた。


 大きな額ではない。


 けれど、それは確かに自分の手で働いて得たお金だった。


     *


「ありがとうございます」


 一絵は深く頭を下げた。


 光博はうなずいた。


「よう頑張ったな」


「まだまだです」


「まだまだでええ。板前は一生勉強や」


 七海も笑う。


「まずは一幸くんのために、何か買ってあげなさい」


 一絵は封筒を見つめた。


「はい」


     *


 その数日後。


 弁護士事務所から連絡が入った。


 賠償金と養育費の支払いについてだった。


 大輝が以前勤めていた会社が、被害者側への支払いを優先するため、一部を立て替える形で調整を進めてくれたのだ。


 会社側としては、本来受け取るべき損害賠償よりも先に、梨花、麻里子、一絵、そして一幸の生活再建を優先した。


 養育費についても、二十歳までの分を一括で支払う形にし、その分をまとめて大輝へ請求する。


 大輝への請求は会社側が引き受ける。


 被害を受けた側が、これ以上支払いの不安に苦しめられないようにするためだった。


     *


 梨花はその話を聞いて、しばらく黙っていた。


「会社が、そこまで……」


 弁護士はうなずいた。


「会社としても、今回の件で傷ついた方々への対応を優先したいとのことです」


 一絵は一幸を抱きながら、涙をこぼした。


「一幸の養育費が……」


 菊江が肩を抱く。


 一也も目を閉じた。


     *


 麻里子は小さく息を吐いた。


「これで、少しは生活の土台ができるね」


 梨花もうなずいた。


「うん」


 お金で傷が消えるわけではない。


 裏切られた記憶も、暴言の痛みも、なくならない。


 でも、生活を立て直すにはお金が必要だった。


 これは、慰めではなく、現実を支える土台だった。


     *


 一絵は一幸の小さな手を見つめた。


「このお金、ちゃんとこの子のために使います」


 七海が優しく言う。


「それでええ」


 光博も頷いた。


「一幸くんの未来を守るためのお金や」


     *


 その夜。


 一絵は初めての給料で、一幸の小さな肌着を買った。


 白くて柔らかい肌着。


 値段は高くない。


 でも一絵にとっては、何より大切な買い物だった。


「一幸、これお母さんが働いて買ったんやで」


 一幸は何も分からず、すやすや眠っていた。


 その寝顔を見て、一絵は笑った。


     *


 一方、梨花も自分の部屋で通帳を見ていた。


 賠償金の数字。


 それは重かった。


 大輝に壊された時間の重さでもあった。


 でも梨花は、すぐに通帳を閉じた。


 このお金は、自分を縛るためではなく、自分を立て直すために使う。


 そう決めた。


     *


 次の日。


 梨花は病院へ出勤した。


 患者に笑顔で声をかける。


「今日は血圧、安定してますね」


「梨花さんに言われると安心するわ」


 その言葉に、梨花は少しだけ笑った。


 ここにも、自分の居場所がある。


 そう思えた。


     *


 自分で稼いだお金。


 守られたお金。


 未来のためのお金。


 それぞれの意味を胸に、梨花たちは少しずつ前へ進んでいった。


     *


次回予告


第31話「実家の灯り」


 梨花は新しい部屋での生活に慣れ始める。


 一絵は仕事と育児の両立に苦労しながらも、旅館で少しずつ成長していく。


 夜、実家の灯りを見るたびに、二人は支えられていることを思い出す。


 次回、

第31話「実家の灯り」


 帰れる灯りがあるから、人は外へ歩き出せる。

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