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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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心が決まる日

第26話「心が決まる日」


 離婚届。


 その紙は、思っていたより薄かった。


 けれど梨花にとっては、この一年の重さがすべて乗っているように見えた。


 自分の名前を書く。


 手は少し震えた。


 でも、迷いはなかった。


     *


 大輝との面会室。


 刑務官が近くに立っている。


 梨花は離婚届を差し出した。


「これ、書いて」


 大輝は紙を見た。


 そして、なぜか薄く笑った。


「なぁ、梨花」


「何」


「お前さえよかったら、戻ってやってもいい」


 梨花は一瞬、言葉を失った。


 あまりにも現実が見えていない。


 大輝は続けた。


「よりを戻そうぜ」


     *


 梨花は、離婚届を指さした。


「は?」


 大輝が眉をひそめる。


「あんた、まだなんか夢見てんの?」


「何やその言い方」


「離婚届見せつけられてるのに、まだ一緒に暮らす?」


 梨花は冷たく言った。


「は? なんかのギャグ?」


 大輝の顔が赤くなる。


     *


「てめぇ……」


 大輝が立ち上がりかけた。


「なめやがって」


 その瞬間、刑務官が間に入った。


「座りなさい」


 大輝は歯を食いしばる。


 刑務官は冷静に言った。


「早く書きなさい」


     *


 大輝は乱暴にペンを取った。


 音を立てるように名前を書く。


 紙を梨花の前へ押し返す。


「ほらよ」


 梨花は離婚届を受け取った。


 もう怒りも湧かなかった。


 ただ、静かに思った。


 本当に、終わったんだ。


     *


 梨花は立ち上がる。


 大輝が最後に言った。


「後悔すんなよ」


 梨花は振り返らなかった。


「後悔なら、もう十分した」


 そして、面会室を出た。


     *


 外には麻里子が待っていた。


「書いた?」


「うん」


「大丈夫?」


 梨花は少しだけ笑った。


「大丈夫ではないけど、心は決まった」


 麻里子はうなずいた。


「じゃあ、出しに行こう」


     *


 離婚届が受理された日。


 梨花は葛城梨花ではなくなった。


 篠田梨花に戻った。


 失ったものは多い。


 けれど、取り戻したものもあった。


 自分の名前。


 自分の人生。


 自分で決める未来。


     *


次回予告


第27話「離婚してください」


 離婚は成立した。


 だが大輝はなおも未練と怒りを捨てきれない。


 一方、梨花は新しい生活の準備を始める。


 仕事、家族、そして自分自身。


 次回、

第27話「離婚してください」


 別れは、終わりではなく境界線だ。

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