夏の琵琶湖
第24話「夏の琵琶湖」
判決の日。
法廷には、これまでで最も重い空気が流れていた。
梨花。
麻里子。
一絵。
光博と七海。
一也と菊江。
俊也と祥子。
それぞれが静かに席へ座っている。
誰も話さない。
ただ裁判長の入廷を待っていた。
*
「それでは判決を言い渡します」
裁判長の声が響く。
大輝は被告席でうつむいていた。
以前のような反抗的な態度はない。
だが、反省しているようにも見えなかった。
*
裁判長は判決文を読み上げる。
「被告人・葛城大輝に対し、懲役三年を言い渡す」
法廷が静まり返る。
「執行猶予は付さない」
大輝の肩が震えた。
*
続いて民事判決。
「被告人は、原告らに対し、慰謝料、調査費用、弁護士費用、休業補償その他を含め、総額二億円を支払え」
大輝は目を閉じた。
もう現実を受け止めきれなかった。
*
裁判長は判決文を閉じた。
そして大輝を見た。
「葛城大輝」
法廷全体が静まり返る。
「あなたは、何度もやり直す機会がありました」
大輝は顔を上げない。
「妻に謝る機会」
「真実を話す機会」
「被害を広げない機会」
「子どもの命と向き合う機会」
*
「しかしあなたは、そのたびに嘘を重ねました」
裁判長の声は厳しかった。
「さらに責任を他人へ押し付けました」
「被害者を加害者のように扱いました」
「そして最後には、生まれてくる命さえ否定しようとしました」
*
一絵はお腹を抱いた。
梨花は静かに前を向いていた。
麻里子は唇を噛んでいる。
*
裁判長は続けた。
「命の重さを学びなさい」
「人を裏切ることによって生じる結果の重さを学びなさい」
「言葉が人をどれほど深く傷つけるかを学びなさい」
大輝は動かない。
*
「そして」
裁判長は最後に言った。
「刑務所の中で、自らの行いと真摯に向き合いなさい」
法廷が静まり返る。
「控訴によって責任から逃げることを考える前に、まず反省することです」
*
閉廷。
裁判官たちは退廷した。
大輝はしばらく動かなかった。
刑務官に促されて、ようやく立ち上がる。
振り返る。
そこには梨花がいた。
一絵がいた。
麻里子がいた。
かつて自分が傷つけた人たちだった。
*
梨花は何も言わなかった。
怒鳴りもしない。
泣きもしない。
ただ静かに立っていた。
それが何よりも遠い存在に見えた。
*
その日の夕方。
梨花は一人で琵琶湖へ向かった。
夏の風が吹いている。
湖面がきらきら光る。
結婚した頃。
大輝と来たこともあった。
幸せだったと思っていた。
でも、それはもう過去だった。
*
風が吹く。
梨花は目を閉じた。
壊された一年。
待ち続けた夜。
何度も流した涙。
全部消えるわけではない。
傷も残る。
思い出も残る。
それでも。
風は前から吹いていた。
*
「前、向かなあかんな」
梨花は小さくつぶやいた。
そして歩き出す。
ゆっくりと。
自分の人生を取り戻すために。
⸻
次回予告
第25話「それぞれの明日」
判決は出た。
だが人生は終わらない。
梨花は看護師として再び歩き始める。
一絵は母になる準備を進める。
麻里子は姉の背中を見守り続ける。
そして、大輝は塀の向こうで初めて一人になる。
次回、
第25話「それぞれの明日」
判決は終わりではない。そこからが人生だ。




