麻里子の怒り
第23話「麻里子の怒り」
大輝が一絵に告げた言葉。
堕胎しろ。
金が払えない。
育てられるわけがない。
その録音を聞いた時、麻里子はしばらく何も言えなかった。
怒鳴ることもできなかった。
あまりにも言葉がひどすぎて、怒りが声になるまで時間がかかった。
*
裁判所の廊下。
麻里子は大輝を見た。
「本当に最低」
大輝は目をそらす。
「よくもそんなこと言えるわね」
「……」
「何考えてんの」
麻里子の声は震えていた。
だが、それは恐怖ではなかった。
怒りだった。
「お姉ちゃんを傷つけて、一絵さんを騙して、今度はお腹の子まで否定するん?」
大輝は答えない。
「命を何やと思ってるん」
*
梨花は麻里子の横に立った。
一絵は菊江に支えられていた。
一也は、大輝を睨んでいた。
もう誰も、大輝の言い訳を聞きたいとは思っていなかった。
*
法廷。
検察側の論告求刑が行われた。
検察官は、これまでの経緯を一つずつ整理した。
梨花への侮辱と名誉を傷つける行為。
SNSでの責任転嫁。
脅迫的な言動。
病院への接触。
一絵に対する悪質な発言。
発覚後も続いた二次被害。
*
そして検察官は、静かに言った。
「被告人には、真摯な反省が見られません」
大輝はうつむいた。
「被害者らを傷つけた後も、責任を他者へ転嫁し、さらに被害を拡大させています」
法廷は静まり返った。
*
検察官は最後に告げた。
「よって、被告人に対し、懲役三年を求刑します」
大輝の肩がびくりと動いた。
懲役三年。
その言葉が、法廷の空気をさらに重くした。
*
梨花は目を閉じた。
それで傷が消えるわけではない。
一絵のお腹の子の未来が軽くなるわけでもない。
麻里子の怒りが収まるわけでもない。
それでも、ようやく大輝の言葉と行動が、社会の場で重く受け止められた。
*
閉廷後。
麻里子は梨花に言った。
「お姉ちゃん、ここまで来たね」
梨花は小さくうなずいた。
「うん」
「まだ終わりじゃないけど」
「うん」
「でも、もう黙って傷つけられるだけじゃない」
梨花は麻里子の手を握った。
「ありがとう」
麻里子は首を振った。
「姉を守る妹ですから」
*
次回予告
第24話「夏の琵琶湖」
求刑を受け、大輝は初めて刑罰の現実に怯える。
一方、梨花は裁判の合間に琵琶湖を訪れる。
壊された一年。
待ち続けた夜。
それでも、湖の風は静かに吹いていた。
次回、
第24話「夏の琵琶湖」
立ち止まっても、風は前から吹いてくる。




