↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/56

大輝の逆ギレ

第22話「大輝の逆ギレ」


 大輝は追い詰められていた。


 慰謝料。


 会社への損害賠償。


 養育費。


 裁判費用。


 探偵費用。


 そして、失った仕事。


 目の前に積み上がった責任を前にしても、大輝はまだ考えていた。


 どう責任を取るかではない。


 どう逃げるかを。


     *


 ある日、大輝は一絵のもとへ向かった。


 一絵は妊娠五か月。


 お腹は少しずつ目立ち始めていた。


 玄関先に現れた大輝を見て、一絵の表情は凍った。


「何しに来たの」


 大輝は周囲を気にしながら言った。


「話がある」


「弁護士を通して」


「今すぐ話したいんや」


 一絵は身構えた。


     *


 大輝は低い声で言った。


「堕ろしてくれ」


 一絵は一瞬、意味が分からなかった。


「……何て?」


「堕胎してくれって言ってる」


 その言葉に、一絵の顔色が変わった。


「絶対にしない」


「何でだよ」


「命を何だと思ってるの」


 一絵はお腹に手を当てた。


「そんな命を粗末にすることなんか、絶対に私はしない」


     *


 大輝は苛立った。


「お前が育てられるわけないやろ」


「育てる」


「無理や」


「決めつけないで」


「俺は金なんか払えへんのや!」


 一絵の目に涙が浮かんだ。


「だから命を消せって言うの?」


 大輝は答えられない。


「あなた、どこまで最低なの」


     *


 その時、奥から一絵の両親が出てきた。


 父・一也。


 母・菊江。


 一也の顔には、怒りが浮かんでいた。


「お前」


 大輝が振り向く。


 一也は低く言った。


「娘の体を弄んだだけで気が済まず」


 大輝は後ずさる。


「金が払えないから堕胎しろだと?」


 菊江は一絵の肩を抱く。


 一也の声が響いた。


「ふざけるな!」


     *


 大輝は言い返そうとした。


「俺にも事情が」


「事情?」


 一也の声がさらに低くなる。


「嘘をついた事情か」


「……」


「妻がいるのに独身だと騙した事情か」


「……」


「妊娠した娘に、命を諦めろと言いに来た事情か」


 大輝は黙った。


 一也は言った。


「お前の事情なんか、知るか」


     *


 菊江は涙を流しながら言った。


「一絵、この子を守ろう」


 一絵は泣きながらうなずいた。


「うん」


 菊江は大輝を見た。


「あなたに父親の資格があるとは思えません」


 その言葉は静かだった。


 だが、大輝には深く突き刺さった。


     *


 大輝は逃げるようにその場を去った。


 だが、すべて遅かった。


 玄関先には防犯カメラがあった。


 一絵は会話を録音していた。


 一也も、念のため録音を開始していた。


 大輝の発言は、また証拠になった。


     *


 後日。


 その録音は裁判資料として提出された。


《堕胎してくれ》


《お前が育てられるわけないやろ》


《俺は金なんか払えへんのや》


 法廷に、その言葉が示された。


 裁判員たちは再び言葉を失った。


 大輝の弁護士も、表情を硬くした。


 これを軽い発言として処理するには、あまりにも重すぎた。


     *


 一絵は証言台で言った。


「私は、この子を産みます」


 声は震えていた。


 それでも、はっきりしていた。


「父親がどんな人であっても、この子の命を否定する理由にはなりません」


 梨花は傍聴席で、その言葉を聞いていた。


 胸が痛んだ。


 でも同時に、一絵の強さを感じていた。


     *


 大輝は、また一つ逃げ道を失った。


 怒鳴れば怒鳴るほど。


 責任から逃げようとすればするほど。


 記録は増えていく。


 そしてその記録は、確実に大輝自身を追い詰めていった。


     *


次回予告


第23話「麻里子の怒り」


 一絵への発言を知った麻里子は、静かに怒りを燃やす。


 姉を傷つけ、一絵を騙し、お腹の命まで否定した大輝。


 裁判はさらに厳しい局面へ進む。


 次回、


第23話「麻里子の怒り」


 守る怒りは、誰かを立たせる力になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。