大輝の逆ギレ
第22話「大輝の逆ギレ」
大輝は追い詰められていた。
慰謝料。
会社への損害賠償。
養育費。
裁判費用。
探偵費用。
そして、失った仕事。
目の前に積み上がった責任を前にしても、大輝はまだ考えていた。
どう責任を取るかではない。
どう逃げるかを。
*
ある日、大輝は一絵のもとへ向かった。
一絵は妊娠五か月。
お腹は少しずつ目立ち始めていた。
玄関先に現れた大輝を見て、一絵の表情は凍った。
「何しに来たの」
大輝は周囲を気にしながら言った。
「話がある」
「弁護士を通して」
「今すぐ話したいんや」
一絵は身構えた。
*
大輝は低い声で言った。
「堕ろしてくれ」
一絵は一瞬、意味が分からなかった。
「……何て?」
「堕胎してくれって言ってる」
その言葉に、一絵の顔色が変わった。
「絶対にしない」
「何でだよ」
「命を何だと思ってるの」
一絵はお腹に手を当てた。
「そんな命を粗末にすることなんか、絶対に私はしない」
*
大輝は苛立った。
「お前が育てられるわけないやろ」
「育てる」
「無理や」
「決めつけないで」
「俺は金なんか払えへんのや!」
一絵の目に涙が浮かんだ。
「だから命を消せって言うの?」
大輝は答えられない。
「あなた、どこまで最低なの」
*
その時、奥から一絵の両親が出てきた。
父・一也。
母・菊江。
一也の顔には、怒りが浮かんでいた。
「お前」
大輝が振り向く。
一也は低く言った。
「娘の体を弄んだだけで気が済まず」
大輝は後ずさる。
「金が払えないから堕胎しろだと?」
菊江は一絵の肩を抱く。
一也の声が響いた。
「ふざけるな!」
*
大輝は言い返そうとした。
「俺にも事情が」
「事情?」
一也の声がさらに低くなる。
「嘘をついた事情か」
「……」
「妻がいるのに独身だと騙した事情か」
「……」
「妊娠した娘に、命を諦めろと言いに来た事情か」
大輝は黙った。
一也は言った。
「お前の事情なんか、知るか」
*
菊江は涙を流しながら言った。
「一絵、この子を守ろう」
一絵は泣きながらうなずいた。
「うん」
菊江は大輝を見た。
「あなたに父親の資格があるとは思えません」
その言葉は静かだった。
だが、大輝には深く突き刺さった。
*
大輝は逃げるようにその場を去った。
だが、すべて遅かった。
玄関先には防犯カメラがあった。
一絵は会話を録音していた。
一也も、念のため録音を開始していた。
大輝の発言は、また証拠になった。
*
後日。
その録音は裁判資料として提出された。
《堕胎してくれ》
《お前が育てられるわけないやろ》
《俺は金なんか払えへんのや》
法廷に、その言葉が示された。
裁判員たちは再び言葉を失った。
大輝の弁護士も、表情を硬くした。
これを軽い発言として処理するには、あまりにも重すぎた。
*
一絵は証言台で言った。
「私は、この子を産みます」
声は震えていた。
それでも、はっきりしていた。
「父親がどんな人であっても、この子の命を否定する理由にはなりません」
梨花は傍聴席で、その言葉を聞いていた。
胸が痛んだ。
でも同時に、一絵の強さを感じていた。
*
大輝は、また一つ逃げ道を失った。
怒鳴れば怒鳴るほど。
責任から逃げようとすればするほど。
記録は増えていく。
そしてその記録は、確実に大輝自身を追い詰めていった。
*
次回予告
第23話「麻里子の怒り」
一絵への発言を知った麻里子は、静かに怒りを燃やす。
姉を傷つけ、一絵を騙し、お腹の命まで否定した大輝。
裁判はさらに厳しい局面へ進む。
次回、
第23話「麻里子の怒り」
守る怒りは、誰かを立たせる力になる。




