証言台
第20話「証言台」
刑事裁判は、証人尋問へ進んだ。
今回は裁判員裁判。
裁判官だけではない。
大輝のことを何も知らない、梨花のことも一絵のことも麻里子のことも知らない、普通に暮らしてきた人たちの目が入る。
その前で、すべてを語らなければならなかった。
*
最初に証言台へ立ったのは、梨花だった。
声は震えていた。
けれど、逃げなかった。
「最初は、夫婦の会話だと思っていました」
梨花は話した。
卵焼きの形を責められた朝。
看護師の仕事を侮辱された夜。
何もできないと言われ続けた日々。
帰ってこない夫を待っていた食卓。
独身だと偽られ、自分の存在を消された痛み。
「不倫そのものも苦しかったです。でも、一番苦しかったのは、私がいなかったことにされたことです」
裁判員の一人が、そっと視線を落とした。
*
次に、一絵が証言した。
「私は、大輝さんが独身だと信じていました」
大輝と再会したこと。
彼女はいないと言われたこと。
結婚しようと言われたこと。
妊娠を告げた時、最初に疑われたこと。
一絵は涙をこらえながら話した。
「知らなかったとはいえ、梨花さんを傷つけたことは消えません。でも、私も騙されていました」
その声には、怒りと悲しみが混じっていた。
*
麻里子は、姉を見ながら証言した。
「姉は、ずっと“大丈夫”と言っていました」
記録を始めたこと。
録音を残したこと。
探偵を使うと決めたこと。
姉が壊れていくのを見ていられなかったこと。
「私は妹です。姉が人として踏みにじられているのを、黙って見ていることはできませんでした」
麻里子の声は強かった。
*
証言は生々しかった。
裁判員たちは、書類だけでは分からない痛みを聞いた。
怒鳴り声。
沈黙。
夜の食卓。
スマホの通知。
妻を消した嘘。
妊娠した女性への疑い。
その一つ一つが、法廷の空気を重くしていった。
*
そして、民事裁判も始まった。
大輝が認めない限り、争いは続く。
慰謝料。
探偵費用。
弁護士費用。
休業補償。
会社への損害賠償。
大輝はまだ、すべてを受け入れようとはしなかった。
*
民事裁判では、大輝の両親も証言台に立った。
父・俊也は、怒りを抑えながら語った。
「息子を庇うつもりはありません」
法廷が静まる。
「あれは、息子が自分で選んだ行動です。梨花さんのせいでも、一絵さんのせいでもありません」
母・祥子は涙を流しながら言った。
「親として情けないです。でも、被害を受けた方々に、親だから許してくださいとは言えません」
大輝はうつむいた。
だが、その顔に本当の反省があるのか。
梨花には、まだ分からなかった。
*
裁判は続く。
声に出すたび、傷はまた開く。
それでも、黙っていた頃よりは前へ進んでいた。
梨花は法廷を出たあと、麻里子に言った。
「怖かった」
麻里子はうなずいた。
「うん」
「でも、言えた」
「うん。ちゃんと届いた」
梨花は小さく息を吐いた。
真実は、声にしなければ伝わらない。
その一歩を、梨花たちは踏み出した。
*
次回予告
第21話「準備は静かに」
刑事裁判と民事裁判が同時に進む中、梨花たちはさらに証拠を整理していく。
一方、大輝は追い詰められながらも、なお責任を軽く見せようとする。
裁判員の心に残った三人の証言。
そして、次に示される決定的な記録。
次回、
第21話「準備は静かに」
静かな準備ほど、嘘を逃がさない。




