眠れない夜
第19話「眠れない夜」
刑事裁判は続いていた。
だが、梨花たちが期待していたものは、なかなか見えてこなかった。
それは謝罪でもなければ、反省でもなかった。
大輝は法廷にいてもなお、自分の責任と向き合おうとしていなかった。
*
法廷。
被告席の大輝の隣には、弁護人が座っていた。
もちろん、弁護を受ける権利はある。
どんな人間にも弁護士は必要だ。
それ自体を梨花も否定するつもりはなかった。
しかし――
主張の内容を聞いた時。
傍聴席の誰もが言葉を失った。
*
弁護人は立ち上がった。
「被告人は精神的に追い詰められていた状況がありました」
大輝はうつむいている。
「夫婦関係の悪化によるストレス」
「仕事上の負担」
「精神的孤立」
そう説明していく。
*
梨花は黙って聞いていた。
麻里子も聞いていた。
一絵も聞いていた。
そして。
誰もが同じことを思った。
――それで?
*
弁護人は続ける。
「被告人もまた苦しんでいた被害者的側面があります」
その瞬間。
一也が思わず顔をしかめた。
菊江も信じられない顔をする。
七海は唇を噛んだ。
*
さらに。
「SNS投稿も、自身が追い詰められた状況で行われたものであり――」
麻里子は思わず目を閉じた。
怒りではない。
呆れだった。
*
休廷中。
廊下へ出た麻里子が思わず言う。
「なんかの悪い冗談ですか?」
弁護士も苦笑するしかなかった。
「正直、私もそう思います」
「いや、本気で」
麻里子は呆れた顔だった。
「お姉ちゃんを傷つけた」
「一絵さんを騙した」
「お腹の子まで疑った」
「病院に押しかけた」
「SNSで被害者面した」
「それで“被害者的側面があります”って……」
言葉が出てこない。
*
梨花は静かだった。
むしろ静かすぎた。
「昔の私なら」
ぽつりと言う。
「自分が悪かったのかなって思ってたかもしれない」
麻里子が振り向く。
「お姉ちゃん」
「でも今は違う」
梨花は首を振った。
「違うって分かる」
*
一絵も言った。
「私も最初は、自分が悪かったのかなって思ってました」
お腹に手を置く。
「でも違う」
「私たちは騙されてた」
その言葉に梨花もうなずいた。
*
一方。
大輝は法廷の控室にいた。
弁護人が説明している。
「今は感情的にならないでください」
「……」
「裁判官の印象もあります」
大輝は聞いているようで聞いていなかった。
頭の中は別のことでいっぱいだった。
仕事。
お金。
請求額。
SNS。
世間の目。
*
そして。
相変わらず思っていた。
――なんで俺ばっかり。
*
その夜。
梨花は眠れなかった。
実家の客間。
天井を見つめる。
裁判で聞いた言葉が頭を巡る。
適当に注射して。
適当に話を聞いて。
適当に薬出して。
何もできない。
ウザい。
面倒くさい。
昔の言葉。
何度も聞いた言葉。
*
だが。
その時。
スマホに一通のメッセージが届いた。
送り主は出海だった。
《今日はお疲れさま》
《梨花さんは大事な看護師です》
《また来週も一緒に働きましょう》
短い文章だった。
それだけだった。
*
梨花はしばらく画面を見つめた。
そして涙がこぼれた。
大輝の言葉を思い出す夜。
でも同時に。
自分を認めてくれる人たちの言葉もあった。
*
隣の部屋では七海がまだ起きていた。
廊下の明かりが少しだけ漏れている。
梨花は小さく息を吐いた。
傷はまだ深い。
裁判が始まったからといって、すぐに癒えるわけではない。
それでも。
あの日のように、一人ではなかった。
*
次回予告
第20話「証言台」
刑事裁判は証人尋問へ進む。
梨花、一絵、麻里子。
三人はそれぞれの立場から法廷で語る。
そして、大輝の父・俊也もまた証言台に立つ決意をする。
一方、大輝は初めて、自分に向けられる世間の視線の重さを知る。
次回、
第20話「証言台」
真実は、声にしなければ伝わらない。




