父たちの怒り
第12話「父たちの怒り」
マンション前。
重苦しい空気が流れていた。
一絵の妊娠。
大輝の嘘。
梨花への裏切り。
すべてが明るみに出た。
だが。
大輝はまだ、自分が何をしたのか理解していなかった。
*
「妊娠三ヶ月です」
一絵は涙を流しながら言った。
「病院でも確認しました」
その言葉に、大輝は青ざめた。
しかし次に出た言葉は、誰も予想しなかったものだった。
「……本当に俺の子なんか?」
一瞬。
全員が固まった。
「他にも男おるかもしれんし」
*
パンッ!!
乾いた音が響いた。
一絵の父・一也の平手だった。
大輝の顔が横へ弾かれる。
「お前!!」
一也の顔は怒りで真っ赤になっていた。
「人の娘を何やと思っとるんや!!」
大輝は頬を押さえる。
「いや、俺は……」
「ふざけるな!」
一也の声が響く。
「独身やと騙して近づいて!」
「……」
「結婚する言うて!」
「……」
「妊娠したら今度は疑うんか!!」
一也の肩は震えていた。
「お前、人として最低やぞ!」
*
一絵は泣いていた。
父の後ろで。
大輝を見ていた。
好きだった男。
信じていた男。
結婚すると思っていた男。
その男が今、自分のお腹の子まで疑った。
「大輝……」
一絵の声は震えていた。
「そんな人やったん……」
*
大輝は何も言えない。
だが。
さらに厳しい視線が向けられていた。
梨花の父・光博だった。
*
光博は静かに前へ出た。
怒鳴らない。
だがその静けさが、かえって恐ろしかった。
「大輝くん」
大輝は顔を上げた。
「……」
「結婚する時、何て言ったか覚えとるか」
大輝は答えない。
光博は続けた。
「うちへ挨拶に来た時」
「……」
「梨花さんを幸せにします」
光博の声は低かった。
「そう言ったよな」
大輝は黙ったままだった。
「答えろ」
「……はい」
「幸せにできたんか?」
大輝は何も言えない。
*
光博は探偵から受け取ったファイルを開いた。
「これ、見たことあるか」
テーブル代わりに使われた車のボンネットの上に並べられる。
写真。
報告書。
録音記録。
スクリーンショット。
*
「残業と言いながらホテルへ行った日」
写真が置かれる。
「休日出勤と言いながら京都で会っていた日」
写真が置かれる。
「梨花に暴言を吐いた録音」
音声データ。
「看護師の仕事を侮辱した記録」
文字起こし。
「手を上げようとした映像」
動画。
*
光博は一枚ずつ並べていく。
「これ全部、嘘か?」
大輝は答えられない。
「これも嘘か?」
答えられない。
「これもか?」
答えられない。
*
七海は涙を浮かべていた。
「梨花はな」
七海の声が震える。
「ずっと待ってたんや」
大輝は顔を伏せる。
「夜遅くまで」
「……」
「ご飯作って」
「……」
「心配して」
「……」
「それをお前は何した」
*
祥子も涙を流していた。
自分の息子だった。
信じていた。
ちゃんと育ったと思っていた。
それが今。
妻を傷つけ。
別の女性を騙し。
生まれてくる子まで疑っている。
*
「大輝」
祥子の声は震えていた。
「お母さん、本当に情けない」
大輝は顔を上げられない。
「こんなことする子に育てた覚えない」
*
俊也も口を開いた。
「お前」
その声には怒りが滲んでいた。
「今まで何回、謝る機会あった」
大輝は黙る。
「梨花さんが聞いた時」
「……」
「親に話した時」
「……」
「今日ここで問いかけられた時」
「……」
「全部捨てたんやぞ」
*
大輝は唇を噛んだ。
逃げ場はない。
証拠はある。
家族もいる。
一絵の両親もいる。
それでも。
まだ認めたくない気持ちが残っていた。
*
梨花はそんな大輝を見ていた。
涙はもう出なかった。
代わりに残っていたのは。
静かな失望だった。
「大輝」
梨花が呼ぶ。
大輝は顔を上げた。
「私はもう決めた」
その言葉に。
大輝は初めて嫌な予感を覚えた。
*
梨花の中で。
何かが完全に終わろうとしていた。
*
次回予告
第13話「もう戻れない」
梨花はついに離婚の意思を告げる。
だが大輝はなおも責任から逃げようとする。
一方、一絵はお腹の命を守る決意を固める。
そして探偵が提出した決定的な証拠が、大輝をさらに追い詰める。
次回、
第13話「もう戻れない」
失った信用は、謝罪だけでは戻らない。




