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沈黙の琵琶湖 ― 壊れた日常の向こうへ ―  作者: リンダ


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崩れた約束

第11話「崩れた約束」


 マンション前。


 大輝の両親・俊也と祥子。


 梨花の両親・光博と七海。


 妹の麻里子。


 そして調査員。


 大輝は完全に追い詰められていた。


 だが、それでも認めない。


「何もしてへん」


 その言葉を繰り返す。


     *


 梨花は静かに言った。


「じゃあ、一絵さん呼んで」


 大輝の表情が変わる。


「は?」


「何もやましいことないんやろ?」


「……」


「ただの同級生なんやろ?」


「そうや」


「だったら私にも紹介して」


 大輝は黙った。


「呼んで」


「何でや」


「紹介できない理由あるの?」


 大輝は苛立つ。


「関係ないやろ」


「関係あるよ」


 梨花は一歩前へ出た。


「私はあなたの妻やから」


     *


「呼ぶ必要ない」


「なんで?」


「関係ない言うてるやろ」


「じゃあ呼んで」


「嫌や」


「なんで?」


「だから!」


 大輝の声が大きくなる。


 しかし誰も引かない。


     *


 調査員が静かに口を開いた。


「葛城さん」


 大輝が振り返る。


「何ですか」


「嘘をつき通す。隠し通す」


 調査員は冷静だった。


「それを続けるほど、あなた自身が不利になります」


 大輝は顔をしかめた。


「脅しですか」


「事実です」


 調査員は淡々と言う。


「今ならまだ、自分の口で説明できます」


「……」


「呼べない理由があるんですか」


 沈黙。


     *


 梨花は言った。


「呼んで」


 大輝は舌打ちした。


「……わかったよ」


 スマホを取り出す。


「呼べばええんやろ」


 梨花は首を振った。


「スピーカーにして」


「は?」


「スピーカーモード」


「何でや」


「隠す必要ないんやろ?」


 大輝は拳を握った。


 だが周囲の視線から逃げられない。


 渋々スピーカーに切り替えた。


     *


 コール音。


 一回。


 二回。


 三回。


 そして。


「もしもし?」


 一絵の声だった。


 明るい声。


 まだ何も知らない声。


「大輝?」


     *


 大輝は言葉に詰まる。


「一絵……」


「どうしたん?」


「今から少し降りてこれるか」


「え?」


「ちょっと話がある」


 一絵は不思議そうだった。


「今?」


「そう」


「分かった」


 電話が切れる。


     *


 数分後。


 一絵がマンションから出てきた。


 そして立ち止まる。


 見知らぬ人たち。


 険しい空気。


 泣きそうな梨花。


 青ざめた大輝。


 一絵は戸惑った。


「何……?」


     *


 梨花が前へ出る。


「立花一絵さんですね」


「はい」


「私は葛城梨花です」


 一絵は首を傾げる。


「えっと……」


 梨花は震えながら言った。


「大輝の妻です」


     *


 一絵の顔から血の気が消えた。


「……え?」


 時間が止まる。


「今、何て」


「私は大輝と結婚しています」


 一絵は笑おうとした。


 冗談だと思った。


 思いたかった。


「嘘……」


 大輝を見る。


「大輝?」


 大輝は答えない。


「嘘って言って」


 沈黙。


「ねぇ!」


 一絵の声が震える。


     *


 梨花はスマホを取り出した。


 結婚式の写真。


 婚姻届の控え。


 夫婦としての記録。


 すべて本物だった。


 一絵は後ずさる。


「そんな……」


 涙があふれる。


「独身って言ったやん……」


 大輝は何も言えない。


「彼女おらんって言ったやん……」


 何も言えない。


     *


 一絵は両手で口を押さえた。


「私……知らなかった……」


 涙が落ちる。


 そして梨花に向かって頭を下げた。


「本当に申し訳ありません」


 梨花は黙っていた。


「私、知らなかったんです」


 一絵は泣いていた。


「奥さんがいるなんて……」


 その声に嘘はなかった。


     *


 そして一絵は震える声で言った。


「大輝」


 大輝が顔を上げる。


「もう隠せないよ」


 大輝は嫌な予感がした。


「何を」


 一絵は涙を流したまま言った。


「私……妊娠三ヶ月だから」


     *


 全員が固まった。


 祥子が息をのむ。


 七海も目を見開く。


 麻里子も言葉を失う。


 梨花だけが静かだった。


     *


「病院で確認した」


 一絵は言う。


「あなたの子供」


 大輝の顔が真っ白になる。


「……」


「だから結婚の話を信じてた」


 一絵は泣いていた。


「大輝が結婚しようって言ったから」


 祥子がよろめく。


 俊也が支える。


     *


 一絵はスマホを取り出した。


「私の両親も呼ぶ」


 大輝が顔を上げる。


「やめろ」


「なんで?」


「やめろ!」


 一絵は首を振る。


「もう無理」


 そして電話をかけた。


「お父さん……来て」


 泣きながら。


「お願い……」


     *


 大輝は頭を抱えた。


 そして。


 ついに。


 怒りの矛先を向ける。


「全部お前のせいやろうが!」


 梨花が顔を上げる。


「は?」


「お前が余計なことするからこうなったんやろうが!」


 その場が凍った。


     *


 麻里子が一歩前へ出る。


「今なんて言った?」


 大輝は止まらない。


「放っとけばよかったやろ!」


「……」


「探偵なんか使いやがって!」


「……」


「余計なことせんかったら!」


 その時だった。


 俊也の怒鳴り声が飛んだ。


「黙れ!!」


     *


 大輝が固まる。


 父の怒鳴り声を聞いたのは何年ぶりだったか。


 俊也の顔は怒りで震えていた。


「まだ梨花さんのせいにするんか」


 祥子は涙を流していた。


「何やってるの……大輝……」


     *


 そして。


 遠くから車が止まる音。


 一絵の両親。


 立花一也と菊江が駆けつけてくる。


 梨花の家族。


 大輝の家族。


 一絵の家族。


 全員が揃った。


     *


 嘘で始まった関係。


 裏切りで壊れた結婚。


 そして。


 生まれようとしている新しい命。


 もう誰も、後戻りできなかった。


     *


次回予告


第12話「父たちの怒り」


 一也は娘を騙した大輝を許せない。


 俊也は息子の裏切りに怒りを隠せない。


 一方、梨花は離婚への決意を固め始める。


 そして明らかになる、大輝のさらなる嘘。


 次回、


第12話「父たちの怒り」


 守るべきものを間違えた男の代償が始まる。

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