1-6 引きこもりの少女、まずは形から入る
爽やかな初夏の青空が広がり、心地よい温かな風が漂うルミエール王国の王都が誇るメインストリート、ルミナス通りは、本日も活気に満ち溢れていた。
すれ違う人々は、色鮮やかなドレスや趣向を凝らした装いを思い思いに楽しんでいる。
「いやぁぁぁぁぁ!!行きたくないぃぃぃぃぃ!!」
そんな煌びやかな大通りの真っ只中で、ナズナは黒いローブをはためかせ、街灯のポールに全力でしがみついていた。
完全に周囲の視線を浴びまくっているが、本人はそれどころではない。
「ここに来てもう数日経つだろう。頼むから今すぐ離れろ」
「む、むむむ無理ですっ!!こんな光り輝いた街なんて歩くだけで消滅しそうですぅぅ!!私なんか、この街にこれっぽっちも似つかわしくないんですっ。ううっ…、あの森に帰りたいよぉ…、静かな暗がりにいたいよぉ……」
「……そんなことを言われても、もう黒き森は国の直轄地になったから戻れん」
「ま、まだあの小屋、取り壊してないですよね……!?敷地の隅っこでいいので帰らせてくださいぃぃぃぃ!」
「今更無理だ。第一、あそこはもうすぐ魔導資源の採掘場として開発が始まる。ほら、まずは形から入るぞ」
ヒーアリックは街灯に抱きつくナズナの脇に手を差し挟むと、まるで大きなぬいぐるみでも持ち上げるように、強引に引き剥がした。
「びゃーーーーーーっっ!?」
ナズナの情けない悲鳴が、王都の爽やかな青空にどこまでも響き渡った。
二人が辿り着いたのは、王都でも一、二を争う一等地、アルカンシェル通りだ。
建物の窓には色鮮やかなステンドグラスが多用され、街灯には魔術で光る最高級の水晶が埋め込まれている。
アルカンシェル通りの一角にある高級仕立て屋の大きなガラス窓には、うっとりするようなドレスや細かな金刺繍の施されたマントが飾られていた。
「よし、まずはあの仕立て屋にいくぞ」
「し、ししし、仕立て屋……!?な、なんでですかぁ……?」
「王都を出歩くのに、そのただのボロい黒ローブはない」
「辛辣ぅ……」
ヒーアリックが重厚な木製のドアを開けると、チリンと小さな鈴の音と共に、上品なお香と上質な革、そして染め立ての布の心地よい香りが漂ってきた。
「わぁ……!」
ナズナはアメジスト色の目を輝かせて、店内を見回した。
木製の棚には、ベルベットやサテン、繊細なレースといった上質な生地が美しく並んでいる。
壁には金銀の糸で刺繍が施された美しいベストや、華やかなドレスがトルソーに飾られていた。
だが、目を輝かせて店内を見渡していたはずのナズナは、現実に引き戻されたようにバッとその場に縮み込んでしまった。
「む、無理ですぅ、こんな豪華な服着れませぇぇん!!呪われます!」
ナズナの悲痛な叫びに、ヒーアリックは色鮮やかな生地が並んだ棚に目を向けたまま、淡々と続けた。
「別にドレスを着ろとは言っていない。ほら、そこの棚から好きな色を選べ。その色で、少しマシなローブを作ってもらえばいい」
「……!ローブならセーフですか!?」
ナズナはゆっくりと顔を上げると、ある色の生地へトコトコと小走りで駆け寄り、勢いよく指をさした。
「じゃあこれでお願いしますっ!」
「……この流れでなぜ、今と同じ黒を選ぶ?」
彼女が自信満々に指差したのは、今着ているボロ布と大差ない、完全に光を吸い込むような黒一色の生地だった。
ヒーアリックは呆れ顔で首を振ると、隣に掛かっていた、深く澄んだ藍色の綺麗なローブを手に取った。
「この色にしろ。落ち着いた色合いだし、お前の明るい髪色にもよく映える」
ヒーアリックが真面目な顔でトータルコーディネートの提案を呟くと、ナズナは少し引き気味の涙目になりながら、彼をじっと上目遣いで見つめた。
「……ヒーアリックさんってもしかして……」
「なんだ?」
「……私よりが女子力ありますか……?」
「……俺に聞くな。ただの教養だ」
ヒーアリックは複雑な表情を浮かべ、そっと視線を逸らした。
貴族として培った服飾の知識が、まさかこんな言葉で称されるとは思わなかったのだ。
「店主、まずはそこの藍色の既製品を彼女に着替えさせてくれ。それと……そのラベンダー色の生地で、彼女に合う上質なローブをもう一着仕立ててほしい」
「ふぇっ!?に、2着もですか!?は、破産します、私、タダ働きで王宮の肉体労働をする羽目になっちゃいますぅぅぅ!!」
「……俺が払うから安心しろ。頼むからドヤ顔で無知を晒す前に、少しは大人しく施しを受けてくれ」
試着室から出てきたナズナは、ヒーアリックが選んだ深く澄んだ藍色のローブに身を包んでいた。
サイズもぴったりで、上質な生地が彼女のアメジスト色の瞳をいっそう引き立てている。
仕立てが良いだけで、怪しい浮浪者から一転して、どこかの良家のお嬢様に見えるから不思議なものだ。
職人が「数日後にはオーダーメイドもお届けしますね」と笑顔で見送る中、ヒーアリックが支払いを済ませて二人は、再びルミナス通りへと足を踏み出した。
「うう、なんだかそわそわする……」
新しいローブの裾を落ち着かなさそうにぎゅっと握りしめながら、ナズナはおそるおそる隣を歩くヒーアリックを見上げた。
「……ヒーアリックさん、あの、次はどこに……?」
「しばらくこの通りの店を回って、生活に必要な日用品を買い揃える。その後に、昼食だ」
「ごはん……!」
昼食という単語が響いた瞬間、ナズナの顔がパッとひまわりのように輝いた。
「はい!ごはんの為なら私、どんな試練にも耐えてみせますっ!」
「……ただの日用品選びだ、大袈裟にするな」
買い物を終え、ヒーアリックがナズナを連れてきたのは、ルミナス通りから一本入ったところにある、落ち着いた佇まいのテラス付き高級レストランだった。
しばらくして、ナズナの目の前に運ばれてきたのは、香ばしく焼き上げられ、極上のソースがとろりとかかった、肉厚でジューシーな極上牛の特大ステーキ。
「わ、わぁぁぁ……!なんですかこれ、お肉が……お肉が鉄板の上でジュージュー鳴いてます……!生きてます……!」
「生きてない。良い火加減で焼き上がっているんだ。ほら、冷めないうちに食べろ」
ナズナはおそるおそるナイフとフォークを手に取り、ステーキを小さく切って口に運んだ。
その瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。
「……ッ!?」
「どうした?」
「お、美味しいでふっ!!!噛んだ瞬間にお肉のジュースがじゅわわわって溢れて、そのまま溶けてなくなっちゃいました……!これ、なんのお肉なんですか!?幻獣の肉ですか!?」
「幻獣じゃない。牛肉だ」
もの凄い勢いでモグモグとステーキを食べ進めるナズナ。その食べっぷりは、見ていて清々しいほどだ。
ヒーアリックは自分の分のコーヒーを口に運びながら、豪快に肉を頬張るナズナを静かに眺めていた。
(……国を揺るがすどころか、目の前の肉にしか興味がないな。やはり彼女は、【暗殺の魔女】ではない気がする)
口いっぱいに肉を詰め込み、幸せそうに目を細めている姿は、どこからどう見てもただの無邪気な少女だ。
コーヒーの温かい湯気の向こうで、ヒーアリックは本日何度目になるか分からない溜息を、ほんの少しだけ緩やかな心地で吐き出したのだった。




