1-5 増殖するモフモフと物騒なリスエスト
ナズナの様子を見にやってきたヒーアリックは、手配した邸宅の扉の前で、深く深呼吸をしていた。
(……怯えるな。中にいるのはただの少女だ。先日のように接すればいい)
自分にそう言い聞かせ、ヒーアリックはコンコン、と静かに扉をノックした。
「ナズナ、入るぞ。体調は変わりないか?」
鍵の開いていた扉を静かに押し開けるが、室内は特に変わった様子はなかった。
だが、ヒーアリックの視線は、ふたつの影に釘付けとなる。
床に寝そべる、あのお馴染みの毛並みの良い、美しい白ネズミ。
そして窓際には、燃えるような金色の瞳を持った、艶やかな漆黒の長毛猫が、我が物顔で香箱座りをしていた。
前回ナズナに会った時にはいなかったはずの動物が、なぜか増えていたのである。
(……動物が増えている……)
ヒーアリックは内心で呆れ声を漏らした。
ネズミの段階で大概おかしかったが、今度は猫だ。
しかもその黒猫、ただの野良猫にしては、あまりにも気品がありすぎる。
「ヒーアリックさん。おはようございます……」
ヒーアリックがやって来たことに気付いたナズナは、まだ眠そうなアメジスト色の目をこすりながら、ヒーアリックの元へ歩み寄ってきた。
豊かなミルクティーベージュの髪が寝癖で少し跳ねている。彼女は、床に寝そべる白ネズミを大事そうに抱えた。
「よく眠れたみたいだな。何か困ったことはないか?」
「困ったこと……。あ、じゃあ……!」
ナズナはごくりと唾を飲み込むと、意を決したようにバッと両手を挙げた。
「えっと……この街で、一番美味しい猛獣の生肉が売ってるお店ってどこですか?」
「……は?」
ヒーアリックの思考が、本日最初のフリーズを起こした。この物騒極まりない単語は一体なんだ。
「きゅっ」
「にゃ〜お」
ナズナの両手の上で白ネズミが小さく鳴き、窓際の黒猫が、じっとヒーアリックを観察するように細い目を向けた。
その二匹から放たれる、明らかに普通の愛玩動物ではない、じっとりとした圧に気づき、ヒーアリックの背筋に冷たいものが走る。
「……ナズナ。猛獣の肉とは、一体……?」
「ひぃぃぃ!すみません、やっぱりそんな贅沢ダメですよねっ!?生の猛獣なんて高価ですよねぇぇ!」
ナズナは勢いよく床に頭を擦り付けんばかりに身を縮こまらせた。
「いや、価格の問題ではなく……そもそも、そんな肉を何に使うんだ?」
ヒーアリックが眉間を押さえて尋ねると、ナズナは少し目を泳がせながら、小さな声で答えた。
「えっとぉ……。も、猛獣のお肉って……安いのにとてつもなく美味しい、って昔本で読んだ気がして……っ!」
ナズナは「どうですか!」と言わんばかりに、少し自信ありげな顔でヒーアリックを真っ直ぐ見つめた
そんな無垢でドヤ気味な眼差しを向けられたヒーアリックは、もう呆れ顔をするしかない。
「……誰だ、そんなデタラメを吹き込んだのは。普通は安くもないし、野生の引き締まった肉は硬くて、別に大して美味しくもない。寄生虫の危険もある」
「で、デタラメ……!?」
ナズナは一瞬にして耳を垂れた犬のようにしょんぼりと項垂れた。
白ネズミが「きゅぅ……」と呆れたように鳴き、黒猫もどこか気まずそうに目を逸らす。
「……とにかく、生肉の件は却下だ。今度、普通の肉を買っておこう」
「本当ですか!ありがとうございますっ……!」
ナズナはパッと顔を明るくすると、ふと思い出したように首をかしげた。
「あ、あの……。ちなみに、ヒーアリックさんはどうしてここに……?」
「ああ。ナズナはまだ王都について知らないことが沢山あるだろう。これからここで暮らす手始めとして、少し街を案内しようと思ってな。出かける準備をしてくれ」
「……わぁ……!街にお出かけですか!ありがとうございますっ、嬉しいです……っ!」
ナズナはパッと顔を輝かせ、自信満々に胸を張った。
「私、この世界を代表出来るぐらいには無知なので、とっても勉強になりますっ!」
「ドヤるな。早く着替えてこい」




