1-7 未曾有の脅威
王城の重厚な大理石の会議室。
円卓を囲む至高の星階の面々の空気は、いつもの定期会議とは打って変わって、氷のように冷たく張り詰めていた。
「――これより、緊急星階会議を執り行います」
精霊使いが、いつもの穏やかな微笑みを完全に消し去り、厳粛な声で告げた。
その背後で、大自然の精霊たちが怯えたように激しく明滅している。
「議題は1つ。我がルミエール王国……いいえ、この世界そのものを根底から揺るがしかねない、未曾有の脅威についてよ」
その言葉に、ヒーアリックは背筋を正し、鋭い視線を中央へと向けた。
ようやく黒き森の立ち退き交渉という大役を終え、王都の一等地に引き取ったナズナの生活基盤を整え終えたばかりだというのに、早くも次の有事が国を襲おうとしている。
ヒーアリックの胃のあたりが、微かにキリリと痛み始めていく。
「観測長、観測データを」
精霊使いの促しに、観測長である、錬金術師が冷徹な手付きで眼鏡の位置を直した。
彼が円卓の中央に滑らせた魔導投影機が、不気味な光を放ちながら国内の地図を浮かび上がらせる。
「数日前、我が国の魔導観測源が異常数値を叩き出しました。……いえ、異常という言葉すら生ぬるい。世界の概念そのものが書き換えられている形跡があるのです」
「世界の書き換え?」
重圧感を放つ鍛冶師が、険しい顔で身を乗り出す。
「ええ。観測された超常の現象は、『確率をねじ曲げる』というものです。本来なら起こり得ない奇跡や不条理が、強制的に引き起こされている」
錬金術師の眼鏡がキランと冷たく光る。
「具体的なことについては現在も調査中です。ですが、これは魔術や錬金術の域を完全に超越しています。……もしこの現象がさらに加速すれば、我が国、ルミエール王国は一瞬で地図から消滅するでしょう」
会議室に、息を呑む音が響いた。
あの飄々としたギルバートすら、一切の冗談を排した真剣な顔で手元の資料を睨みつけている。
「その脅威について、他になにかわかっていないのか?」
ヒーアリックが拳を握り締めながら尋ねる。
国の守護者たる騎士として、そんな危険極まりないものを野放しにしておくわけにはいかない。
「それが……」
吟遊詩人が、険しい猫目で髪をかき上げた。
「僕の網にもさっぱり引っかからないんだ。分かっているのは、魔導観測源で捉えられたものだけだね」
聖女が、静かに凛々しい声で続ける。
「星の導きもどこか霞んでおり、見ることが出来ません。……油断すれば、私たちが逆に狩られる側になるでしょうね」
彼女の不穏なお告げに、操獣師が野生味あふれる犬歯を剥き出しにして、好戦的な笑みを浮かべた。
「へっ、面白ぇじゃねぇか!俺のワイバーンたちを総動員してでも、原因を見つけ出し次第、跡形もなく噛み砕いて潰してやるぜ」
「バカ言え!それを相手に派手に立ち回ってみろ、それこそ王都が消し飛ぶわ!」
鍛冶師が机を叩いて怒鳴る。
「静粛に」
国王の重々しい声が響き、彼らの議論がピタリと止まった。
「とにかく、このステルス性の高い脅威を必ず暴き出せ。手段は問わん。我が国を脅かすものを即刻突き止め、排除せよ」
「――御意」
王の絶対的な命令に、全員が胸に拳を当て、深く頭を下げた。
世界の概念すら書き換える、姿なき冷酷無比な超常の存在――。
重苦しい沈黙が支配する会議室の中で、ヒーアリックもまた、これから訪れるであろう未曾有の災厄を思い、ただ静かに冷や汗を流していた。




