3-12 刺客のみたもの
「……見捨てられたんだ」
元戦士の男が、苦々しく吐き捨てるように言った。
その瞳には、深い憎悪と諦念が入り混じっている。
「……三年前の北領の大飢饉だ。俺たちの故郷は雪に閉ざされ、餓死者が続出した。救援を求める使者を何度も出したが、王国は、王都の防衛と補給を優先して俺たちの村を見捨てたんだ!」
呪術師の男もまた、顔を歪めて言葉を重ねた。
「そうだ……!一族の半分が飢えと病で死んだ。救ってくれなかった国に、俺たちが味わった絶望を理解させてやるはずだった……!」
二人の告白が暗い室内に響き渡る。
ヒーアリックは一切表情を変えず、ただ冷ややかな眼光で刺客たちを見つめていた。
「……たまたま殿下が職人街に来るって話を聞いてな。これだけの好機はもうないと思った」
「……そうか。動機については把握した」
ヒーアリックの重苦しい声が落ちる。
刺客たちにとって、相手は王族であれば誰でもよかったのだろう。国王か、王妃か、殿下か。いずれの誰かさえ復讐出来れば、王族家に同じ苦しみを与えることはできるからだ。
ヒーアリックはわずかに眼光を鋭くし、畳みかけるように核心へ踏み込んだ。
「なら、殿下の部屋のシャンデリアを落とした件と、あの殺害予告について話してもらおうか」
「シャンデリア……?な、なんの話だ……!?お前、なんかやったのかよ!?」
「や、やってねぇよ!!お前が呪符を作ってる間、俺は何もしてない……!」
心底困惑した様子の刺客に、ヒーアリックの眉間へ深い皺が寄る。
その全身から殺気立つような圧迫感が膨れ上がった。
「ーーとぼけるな」
ヒーアリックの声のトーンが一段と下がり、部屋の中の空気が凍りつく。
わずかに感情を覗かせたその低音には、苛立ちと明確な威嚇が混じっていた。
「お前たちが殿下の頭上にシャンデリアを落とそうとし、『お前の死ぬ確率は100%』などという脅迫状を残したのは分かっているんだ。これ以上とぼけるのなら、相応の手段を使わせてもらうが?」
「な、なんだよそれ!俺たちはそんなことしてねぇ!!」
「嘘をつくな!」
「ほ、本当だ!俺たちは今日、職人街で殿下を直接襲う計画しか立ててねぇ!」
「そうだ!シャンデリアも脅迫状も、俺たちは知らねぇぞ……!」
身を乗り出して必死に無実を訴える刺客たちの様子を、ヒーアリックは冷徹な目で見つめる。
呼吸の乱れ、瞳の揺らぎ、恐怖による過呼吸ーー今までの経験が、彼らのその必死な反応に「偽りはない」と告げていた。
(……こいつらは殺害予告やシャンデリアの件とは、完全に無関係なのか……?)
ヒーアリックの思考が高速で回転し始める。
もし、刺客の言葉が真実だとするならばーーひとつの恐ろしい仮説が浮かび上がってくる。
落ちてきたシャンデリアと、残された殺害予告。あの二つはどちらも、ラウールに向けて放たれたものだった。
事件当初、ヒーアリックは直感的に「ラウールが『確率をねじ曲げる未曾有の脅威』によって命を狙われている」と判断した。
ーーだが、本当にそうだったのだろうか?
もし仮に、その脅威が真にラウールの殺害を目的としていたのなら、確率を操作して確実に頭上にシャンデリアを命中させられたはずだ。
しかし実際には、シャンデリアはラウールのすぐ脇に落ち、そこには『日没までにお前の死ぬ確率は100%』という謎の脅迫状だけが残されていた。
(あの脅迫状は……殺害予告などではなく、『殿下が今日死ぬ』という未来の予兆を知らせる助言だったのではないか……?)
背筋に冷たいものが走る。
この『確率を操る存在』には、最初からラウールに対する殺意などなかったのだ。
それどころか、本日起こるはずだった刺客の襲撃ーーつまり「ラウールの死」を事前に察知し、それを防がせるために動いたとしたら?
ヒーアリックたちが『未曾有の脅威』を危険視し、血眼になってラウールを警戒することまで計算に入れていたのだとしたら。
脅威に対応するためにヒーアリックがラウールの護衛に回り、職人街へ最低限の警備を配置させることまで、すべてがその「第三者」の手の上で踊らされていたのだとしたらーー。
(……俺たちを誘導し、間接的に刺客から殿下を守らせたというのか……?)
ヒーアリックは、思わず息を呑んだ。
自分たちの動きすらも織り込み済みで仕組まれた、壮大な盤上遊戯。
冷や汗が、ヒーアリックの頬をゆっくりと伝い落ちていく。
だが、それを「第三者」が暗躍したと確証をづけるには、もう一つ確認しなくてはならない。
この仮説が本当なのであれば、おそらくこのこととも繋がるはずだ。
ヒーアリックは重い唇をゆっくりと開く。
「……お前たちは、俺の部下が現場に駆けつけた頃にはすでに縄で縛られていたそうだな」
「あ、ああ!そうだ!あのクソガキにやられたんだよ!」
呪術師は身を乗り出し、興奮気味に声を荒らげる。
「あいつはただもんじゃねーぞ!!人間離れしてやがった!急に氷の魔術を使いやがったし、それも無詠唱で放ってきやがったんだ!!」
「……無詠唱?」
それまで一言も喋らなかったギルバートが、驚きに目を見開いて身を乗り出した。
彼は小声でヒーアリックに耳打ちをする。
「ヒーアリック、これは詳しく聞いておいた方がいいぞ。おれですら無詠唱で魔術を扱う奴なんて聞いたことがない」
「……わかった」
魔術師が扱う攻撃魔術には、様々な属性が存在する。
火、水、土、風の『基本四属性』。
そして、それらを応用・進化させた炎や雷、氷といった『上位属性』である。呪術師たちが使う呪術も、この上位の部類に入る。
一般的に、基本属性の魔術を一つ極めることすら至難とされる世界において、上位属性の魔術を扱える者はごく限られている。ギルバートのような天才魔術師だけが、その領域に足を踏み入れることを許されていた。
だがーーそんな最上位の魔術師でさえ辿り着けない境地がある。
それこそが『無詠唱』であった。
上位魔術であれば、発動を早める短縮詠唱すら困難と言われているのだ。
にもかかわらず、その謎の相手は上位属性である氷の魔術を、完全に無詠唱で放ったという。
あまりにも規格外な事実に、暗い審問室の中の緊張感が一層跳ね上がった。
「……お前たちは、その人物に魔術戦で負けたのだな?」
「魔術戦も何も、術を使っている余裕なんてなかった!それにアイツは、俺たちの呪符を逆に利用してきやがったんだ!!!俺が対象をあの女に向けたはずの呪符を、一瞬で俺たち自身に対象を書き換えやがった!!!」
呪術師の男も息を荒らげ、苦々しい表情で叫ぶ。
「せっかく時間をかけて作った、あのたった一枚の呪符を……あの女は一瞬で……!」
肩を上下させ、息切れを起こしながら怯える刺客を見据え、ヒーアリックは淡々と尋ねた。
「……その人物の特徴は?女性なんだな?」
「ああ、そうだ。まだ若かった。……それに、語尾に『さ』をつける、特徴的な喋り方をしてやがった……!」
言葉を終えた刺客の男は、思い出すだけでも恐ろしいと言わんばかりに身をすくませ、肩で荒い息を吐いた。
「語尾に『さ』、か……」
ヒーアリックは呟き、その特徴を頭の中で反芻する。
若き女性、驚異的な反応速度、氷属性の無詠唱魔術、そして相手の呪文の対象を強制的に書き換える圧倒的な技術。
そんな常識外れの能力を持った人物が、偶然その場に居合わせ、わざわざ刺客を打ち倒して拘束までしていったというのか。
そのことはどうしても考えずらい。
「なぁ、ヒーアリック。心当たりはあるか?おれもそれなりにいろんな魔術師を見てきたつもりだけど、そんな喋り方をする規格外の奴なんて、見たことないぞ」
ギルバートが椅子に深々と背をもたれかけさせ、顎に手を当てながら尋ねてくる。
その表情からは先ほどまでの軽薄さが薄れ、魔術師としての純粋な知的好奇心と警戒心が覗いていた。
「……いや、俺の知る限りにも存在しない」
ヒーアリックは静かに首を振った。
(若くして上位魔術を無詠唱で扱い、呪符の対象を瞬時に書き換える……。そんな芸当、王国に使える魔術師ですら不可能なはずだ。……一体何者なんだ?)
謎は深まるばかりだった。
ただ、落ちてきたシャンデリアと『死の確率100%』という警告は、刺客たちを裏で無力化した謎の女性と間違いなく繋がりがある。
ヒーアリックの直感がそう訴えかけていた。
もしや、この『さ』と喋る女性こそが、自分たちにシャンデリアの警告を残し、陰でラウール殿下の死を回避させるよう誘導していた「第三者」なのだろうか。
「この女性の捜索を最優先に切り替えるべきだな。……敵か味方かはまだ判別できないが、彼女が今の状況の鍵を握っているのは間違いない」
ヒーアリックの言葉に、ギルバートは口元を歪め、どこか楽しげに、けれど瞳に鋭い光を宿して頷いた。
「賛成だな。おれもその『無詠唱』の種明かしを、ぜひ本人から聞いてみたいところだ」
冷え切った審問室の中に、新たな追跡への静かな決意が満ちていった。




