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暗殺の魔女は、若菜を摘む。  作者: 彩奈杏
03.職人街編
31/42

3-11 始まる騎士団長の審問


 重い足音が、静まり返った地下廊下に深く重く響き渡る。


 ヒーアリックは藍色のマントを揺らし、一切の無駄がない足取りで審問室へと向かっていた。

 光の届かない石造りの通路を進むその姿は、まるで夜の闇そのものが移動しているかのような圧倒的な圧迫感を放っている。


(……まさか本当に刺客がいたとはな)

 ヒーアリックは、顎に手をあて、ふとあの一報を聞いた時のことを思い出す。



 職人街での騒動を納め、王宮へと帰還したヒーアリックは、静まり返った廊下を歩いていた。

 そこへ、大柄な一人の部下が急ぎ足で駆け寄ってくる。


『騎士団長様!殿下を狙った刺客を捕縛いたしました!』

『……刺客……?』

 ヒーアリックは足を止め、鋭い視線を部下に向けた。


『はい。すでに地下審問室へ連行済みです。そして事前に軽く行った取り調べにより、魔術師様がすでにお一人で現場に入られております』

『……わかった。すぐに向かう』



 あの一瞬、ヒーアリックの背筋を走った冷や汗の感覚を覚えている。

 審問室の扉の前で立ち止まると、ヒーアリックはふぅ、と息を吐きだし、重厚な鉄の扉に手をかけた。

 

 ギィ……と嫌な音を立てて扉が開く。


 室内のランプの灯りがわずかに揺れ、縛り付けられた二人の刺客の顔に陰影を作った。

 先ほどまでのギルバートとのやり取りで精根尽き果てていた刺客たちだったが、入り口に立つ影を認めた瞬間、その表情が恐怖で完全に凍りつく。


「「ひっ……!」」


 刺客たちにとって、ギルバートの放っていた恐ろしさが底無し沼だとするならば、ヒーアリックの放つ恐ろしさは、全身の血が凍りつくような刃そのものなのだろう。


 ヒーアリックは静かに部屋へ足を踏み入れ、背後で重い扉が閉まる。

 重苦しく、痛々しい室内で最初に声をあげたのは、やはりあの男だった。


「おお、ヒーアリック!やっと来たか、遅かったな」

「……はぁ。……ここは審問室だぞ。お前はどれだけ軽いノリでいるんだ」

「え?こっちの方がこいつらも気楽だろ。おれは他の奴らみたいに堅苦しいのはごめんだ」


 ギルバートは立ち上げると、手元の羊皮紙をひらひらと揺らしながらヒーアリックに歩み寄った。


「にしてもヒーアリック、入ってくるタイミングがバッチリだな!ちょうどおれが一番いいところを突いた後だぞ」

「……お前の『いいところ』は、だいたい余計な雑談が八割を占めている。よくその軽薄さで重要情報を吐き出させられたものだな」


 ヒーアリックは呆れたように息を漏らすと、ギルバートの手から羊皮紙を淡々と取り上げた。

 そこに走り書きされた完璧な分析結果とメモに一瞬だけ視線を落とし、小さく眉を動かす。


「それをおれの才能って言ってくれてもいいんだぞ!あ、呪術の仕組みも防衛対策もバッチリ掴んだから、あとはヒーアリックに任せるからな」

「わかった。だが、ギル、お前も最後まで聞いていけ。聞き手は一人ではない方がいい。それにーー」


「……俺はこいつ等がどこまで殿下の暗殺計画に関わっているのか、全くわかっていないんだ。今日は、想定外のことの連続だった。まだ頭の整理が追い付いていない。だが、ギルはある程度の全貌は把握しているのだろう?」

「まぁ、一応事前に聞いてはいるけどな」

「……お前のその観察眼と分析力は頼りになる。お前がここに残るなら、俺が訊くべき問いの取りこぼしも減るだろう」

「まあ、ヒーアリックがそこまで言うなら付き合ってやるよ。殿下の無事が一番なのはおれも同じだしな」


 ギルバートは軽快に肩をすくめると、近くにあった椅子を引き寄せて、どっかりと腰を下ろした。

 その口元には相変わらず軽薄な笑みが浮かんでいるが、フードの陰から覗く瞳はどこか冷ややかに刺客たちを射抜いている。


 二人のやり取りを目前にし、刺客たちはさらなる絶望に身体を震わせた。

 誘導尋問でまんまと情報を丸裸にした恐ろしい魔術師と、冷徹無比な騎士団の隊長。その二人が挟み撃ちで自分たちを取り調べるのだ。


「……さて」


 ヒーアリックは刺客たちの正面の椅子に腰を下ろすと、一切の情けを削ぎ落とした冷徹な眼光を向けた。


「では始めようか。……お前たちは、本当に殿下の命を狙った刺客なのだな?」

「あ、ああ、そうだ」

「なら、まずは殺害動機から聞こう。なぜ殿下の命を狙った?」


 ヒーアリックの低く重い声が、冷え切った地下審問室の壁に反響する。

 その眼光には微かな揺らぎすらなく、ただ刺客たちの真意を逃さず見極めようとしていた。

 刺客の二人はその圧倒的な威圧感に気圧され、乾いた喉を鳴らすのが精一杯だ。


「……っ、俺たちは……」


 元戦士の男が途切れ途切れに声を絞り出そうと口を開く。

 ヒーアリックはその一言一言を見逃さぬよう、静かに、だが決して逃れられない圧迫感をもって次の言葉を待った。


「……見捨てられたんだ」


 元戦士の男が、苦々しく吐き捨てるように言った。

 その瞳には、深い憎悪と諦念が入り混じっているようにみえた。


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