3-13 定まった方向性
重厚な鉄の扉が、ガシャンと音を立てながら閉まる。
ヒーアリックは、地下廊下のひんやりとした空気を吸い込み、小さく息を吐きだした。
「……胸糞悪い話だったな。飢餓で見捨てられた復讐、か」
歩きながら頭の後ろで両手を組むギルバートが軽めのトーンで呟いた。その声には、どこか冷めた色が混ざっている。
「情状の余地はあるが、殿下の命を狙った罪は消えん。……だが、これで事件の輪郭が変わった」
ヒーアリックは、顎に手をあて、思考を深める。
「……あの様子だと、刺客は確率を操る力なんて大層な代物は持っていない。つまり、殿下の頭上にシャンデリアを落とそうとし、あの脅迫状にみせかけた警告を残した第三者が別にいる」
「しかも、その第三者は、今日殿下が職人街で襲われることを事前に知っていた、ってわけだ」
ギルバートがチラリとヒーアリックを見やっては続ける。
「おれたちが未曾有の脅威を警戒して、お前が殿下の護衛に回ることも織り込み済みだったなら、ヒーアリックに殿下を張り付かせることで、間接的に殿下を守らせた……そういうシナリオを描いた奴がいる」
「……ああ。俺たちはまんまとその第三者の盤上で踊らされていた、というわけだな」
「……で?その完璧なお膳立ての上で、刺客をあっさり片づけたのが、『~さ』が口癖の、氷の魔術を無詠唱で扱う若い女ってことか?」
「……その可能性は高い」
「……マジかよ……」
ギルバートはオーバーに肩をすくめて見せたが、その瞳は暗闇の中で爛々と輝いていた。
「上位魔術の無詠唱に、相手の呪符の対象を一瞬で書き換える能力……。そんな化け物みたいな奴が、味方としておれたちを裏から誘導してる。敵に回るより質が悪いかもしれないな」
「……だからこそ、一刻でも早く見つけ出す必要がある」
ヒーアリックは剣の柄に固く手を添えながら言葉を紡いだ。
「……彼女が何者で、何を目的で殿下を救い、俺たちを誘導したのか。……直接会って、必ず吐き出させる」
「へぇ、騎士団長様が直々に尋問するってわけだ。そいつは光栄だな」
ギルバートは口元を歪め、愉快そうに鼻で笑った。
「けど、どうやって探すんだ?手がかりはほとんどないぞ」
「……まずは王宮の資料を漁る。まあ、どのみち定期会議の議題にするだろうからな。探す方法はその後決めてもいい」
「なるほどな。あーあ、次の会議絶対長いじゃねーか。ヒーアリックの話もするんだろ?」
ギルバートは腕を伸ばしながら呆れ声で嘆いた。
「……職人街でアームが落ちてきた話か」
ヒーアリックはふとあの一瞬の出来事を思い出す。
突然、鈍い音も立てながら一直線に落下してきた巨大な鉄塊。
死を悟ったはずのあの瞬間に、鉄塊が緩やかな風に吹き飛ばされたお陰で、ヒーアリックは命を救われた。
確実に、ヒーアリックを救ったあの風。
ひょっとするとあの風も、刺客を片づけた謎の女性が起こした可能性もあり得るのだろうか。
ヒーアリックは思考を巡らせ、出来る限りあの時のことを思い出そうとした。
もしかすれば、あの中にいた人の中にその力を持った者がいたのかもしれない。
「でもまぁ、『未曾有の脅威』の話はやっと終止符を打てそうだとさ」
だが、ギルバートのその一言に、ヒーアリックは思考を巡らせるのを止めた。
「何を言っている?まだほとんど進展が――」
「お前が色んなとこ走り回って振り回されてる間に、こっちだってちゃんと働いてたんだぜ?」
言いかけたヒーアリックを制するように、ギルバートはどこか自慢げにニヤリと笑った。
そんなギルバートの様子をみて、ヒーアリックは頬を緩める。
「……進展があったんだな」
「マジで大変だったんだぞ!?エドガーにもフェリスにも振り回されまくった!お陰で魔力はすっからかんだ」
気だるげに溜息をつくギルバートは、溜息混じりに、けどと続ける。
「もしかしたら、今回の職人街でのことと、未曾有の脅威が繋がってる可能性だってある。そしたら一気に解決して超絶ラッキーだし、おれの頑張りも報われて一石五鳥くらいしそうだな!」
「……相変わらず能天気だな」
ヒーアリックは、ギルバートの様子に呆れつつ、溜息をついた。この飄々とした男の楽観主義には昔からよく頭を悩ませれている気もする。
「ギル。1つ聞いていいか?」
「ん?」
ヒーアリックは、今日のギルバートの様子を振り返りながら、苦々しく眉間を寄せたまま、ゆっくりと尋ねた。
「……今日は珍しくローブをまともに着て、目元を隠しているな。何かあったのか?」
「え?いや、刺客の前で正体不明の魔術師やったらカッコイイかなーって思ってやっただけだ。そっか、おれまだこれ着てたんだな。どーりでいつもより視界が悪いし、暑いと思ったんだよ」
そういいながら呑気にローブを脱ぎ始めたギルバートに、ヒーアリックは深い溜息をつかないわけにはいられなかった。
「はぁ……」
「おい!なんだよその深い溜息!おれに失礼だぞ!!」
「……いや、心配して損したと思っただけだ」
「え、今、心配してたのかよ!わー、ミスった!嘘でも頷けばよかったぁ~」
「余計なことせんでいい」
ヒーアリックは、いつも通りなギルバートの様子にようやく胃を痛め始めた。
心なしか、みぞおちの奥の方がキリキリし始めている気がする。
「ああ、そうだヒーアリック。お前に言っておかなきゃいけないことがあったんだった」
「なんだ?」
ギルバートは一度立ち止まると、今度はヒーアリックにいたずらっぽく笑う。
「『次の会議の午後、ヒーアリックは空けとけ』だとさ。エドガーからの伝言。またこき使われそうだな」
「勘弁してくれ……。俺は雑用じゃないんだが?」
「違うなヒーアリック。エドガーから見て雑用係はおれたちだ。ヒーアリックは……『一番安定感のある、なんでもやってくれる騎士団長』……これだな、絶対」
ギルバートは、一人で納得したのかうんうん、と頷いている。
「あ、ちなみに内容は当日のお楽しみだそうだ。よかったな、ヒーアリック!これでお前の人生のこれからの楽しみが増えたな」
「そんな明らかに何か押し付けられるのが丸分かりな楽しみはいらん!出し惜しみするな!」
「おれに言われてもなぁ~」
そう言い、ケラケラ笑うギルバートは、ヒーアリックの肩を組んだ。
いかにもその内容を知っていて、楽しみそうに笑う余裕に満ちたギルバートの仕草が、ヒーアリックの胃をさらに痛めていった。




