3-9 狙いは護衛か、護衛対象か。
「ーーおい、大丈夫か!?」
茫然と立ち尽くしていたヒーアリックの元へ、周囲の者たちが叫びながら駆け寄ってくる。
「騎士様じゃねーか!!怪我はございませんか?!間一髪でしたぞ!!」
「どこか痛むところは!?」
肩を強く揺すられ、ヒーアリックは、ハッと我に返った。
視界を埋め尽くす煙の向こうで、崩落した工房の瓦礫が崩れ落ちる乾いた音。
パニックになった街の人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う声が、ようやく鼓膜へと届き始める。
「……あ、ああ……俺は無事だ。擦り傷ひとつない」
自分が発した声が、思いのほか震えていることに気づく。
死の恐怖で冷え切っていた手足に、少しずつ感覚が戻ってきた。
ヒーアリックに声をかけてくれた街人に頷いてみせると、彼らは「よかった……本当に命拾いしましたね」と胸を撫で下ろし、今度は崩れた工房の方へと叫びながら走り去っていった。
「誰か閉じ込められてないかー!?」
「救援を呼んでくれ!手分けして瓦礫を取り除くぞ!」
混乱を極める現場。逃げ惑う人、助けを呼ぶ人、怪我人を捜す人々の怒号が入り混じる。
「ヒーアリック!」
「……殿下」
駆け寄ってきたのは、青白い顔したラウールだった。
取り乱した様子でヒーアリックの肩を掴み、上下に視線を走らせて全身の無事を確認している。
(そうだ……俺は殿下の護衛としてここにいたんだ)
あのアームが落ちてきた瞬間、あまりの恐怖に硬直してしまい、護衛対象であるラウールの存在すら頭から吹き飛んでいた。
もしあのアームがラウールの頭上に落ちていたら。
もしこれがラウールを狙った襲撃だったとしたらーー。不覚にも程がある。
「……申し訳ございません、殿下」
「頭を上げろ、ヒーアリック。お前が無事だっただけで十分だ」
恐縮し、深々と頭を下げたヒーアリックの肩を、ラウールはぽんと叩いた。
「……感謝いたします。ですが、いつまでもこうしてはおられません」
ヒーアリックはゆっくりと頭を上げ、崩れ落ちた工房へと向き直った。
「殿下、中に人が取り残されている可能性があります。私はすぐに救助に当たりますので、殿下は他の護衛の者合流し、共に安全な場所へお下がりください」
「……分かった。救援の手配は我からも出そう。無理はするなよ、ヒーアリック!」
騒ぎを聞きつけ、駆けつけた護衛の兵たちがラウールの周りにつき、速やかに安全な場所へと引き上げていく。
その背中を見送り、ヒーアリックは大きく息を吐き出した。
(殿下に怪我がなくて本当に良かった……だが、だからこそ解せない)
あのアームが落下してきた瞬間、ラウールは少し離れた位置にいたため難を逃れた。彼が、職人街の表通りを子供のようにはしゃぎ回っていたは不幸中の幸いだったかもしれない。
だが、ヒーアリックは完全に真下にいたのだ。
そして、あの死を覚悟した極限の状況で吹いた、不可解な風。
本来なら真っ直ぐ落ちてヒーアリックを押し潰すはずだった巨大な鉄塊が、風が吹いた途端、まるで生き物のように軌道を逸らした。
あれは間違いなく、ヒーアリックを助けるために吹いた風だった。
「……重い資材は俺が動かす、手を貸してくれ!」
ヒーアリックは声を張り上げ、腕捲りをして瓦礫の山へと取り付いた。
騎士としての本能と責務に従い、無我夢中で木枠や崩れた壁をどかしていく。
だが、作業を進める手とは裏腹に、頭の中では疑問と違和感が渦巻いていた。
(俺を助けたあの風は何だ……?それにーー)
舞い散る砂塵と人々の叫び声の中で、ヒーアリックは崩れた瓦礫をどかしながら、思考を巡らせる。
(……殿下の殺害予告はなんだったんだ……?なぜ俺が襲われた?)
思考が混迷を極めていく。
事前に届いていた殿下への殺害予告。当然、命を狙われるのはラウールであり、ヒーアリックは護衛としてその盾となるはずだった。
だというのに、あのアームの落下は明らかにラウールではなく、ヒーアリックをピンポイントで狙っていたようにもみえた。
(……あの落下は、予告とは無関係の単なる事故だったのか……?いや、それにしてはタイミングも落ち方も不自然すぎる。もしこれが襲撃だとしたら、標的は殿下ではなく最初から俺だったのか……?)
ラウールを狙ったはずの刺客がターゲットを間違えたのか。
あるいは、殺害予告そのものがヒーアリックたちの意識を逸らすためのブラフで、本当の狙いは護衛であるヒーアリックの排除だったのか。
自問自答を繰り返しながら、重い鉄骨を一人で持ち上げ、下に挟まれていた街人を助け出す。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……助かった、ありがとう騎士様……!」
ヒーアリックは、救助された者を周囲の人々に引き渡し、汗を拭いながら眉間にしわを寄せる。
(……確率を捻じ曲げる未曾有の脅威さえ解決していないというのに……。次から次へと一体何が起こっているんだ)
溢れ出る疑問を頭の奥へと無理やり押し込み、ヒーアリックは救助作業の手を緩めなかった。
その時、救助に当たっていた街人の一人が声を張り上げる。
「おい、工房の奥から声が聞こえるぞ!誰か閉じ込められてるみたいだ!」
「分かった、すぐ行く!」
ヒーアリックは息を整え、声のした崩落の最深部へと駆け寄る。
歪んだ鉄骨と木片が不気味な音を立てて蠢く中、彼は再びその腕に力を込めた。
(……今考えても仕方ないな。ただ、これからはさらに気を引き締めなくては)
不気味な予感を胸の奥に押し込め、ヒーアリックは瓦礫にまみれた工房内へと踏み込んでいった。




