3-8 安堵に紛れ込んだのは
工房を出たあとのラウールとヒーアリックのやり取りを横目に眺めていたのは、またもやテラス席に座っているミュゲとアッシュだった。
テーブルの上には、分厚い鉄板の上でジュージューと音を立てる肉汁たっぷりの巨大ハンバーグに、ゴロゴロと大きくカットした根菜と肉が入った素朴ながら塩気の効いたスープが湯気を出しながら並んでいる。
さらには、既に空になったグラスを含め、香ばしい色をした麦酒が並んでいた。
「あの騎士さん、ずっとあの顔なのさ。疲れないのさね?」
「慣れすぎてもう疲れるとか無いんじゃねーか?年中あんなんだろ」
アッシュは、グラスを持ち上げてはぐいっと麦酒を飲む。
「ふーん。……それより!今日の作戦、大成功だったのさ!とっても上手くいったのさね!」
「だな。殿下の死も無事未然に防げた」
アッシュもミュゲも嬉しそうに笑った。
「でも、アッシュが『殿下助けるから手伝え!』って言い出した時は何事かと思ったのさ〜。協力させられるのも、なぜかあたしだし」
「仕方ねーだろ。ナズナより小回り効くし」
「……さてはあたしたちを道具か何かと勘違いしてるのさね?」
ミュゲはぷっと頬を膨らませ、不満そうにアッシュを睨みつけた。腰に手を当てて威張ってみせるミュゲの態度に、アッシュは「はいはい」と適当に手を振って受け流す。
軽口を叩き合いながらも、二人の間には長年の絆が生み出す確かな信頼感が漂っていた。
「……ま、いい立ち回りは出来たな」
ふと、アッシュは喧騒の残る街並みに視線を戻す。
本来、この職人街に御幸に来たラウールは、アッシュ達が討伐した刺客2人に殺されるはずだった。
アッシュはその事を事前に把握し、ミュゲとヒーアリックに協力させたのである。
ミュゲはまだしも、ヒーアリックに関しては、事情を説明して直接協力を要請するのは難しい。
そこでアッシュは、わざと『日没までにお前の死ぬ確率は100%』という嘘の殺害予告をラウールに押し付けたり、シャンデリアを落としたりした。
お陰で計画通り、ヒーアリックはラウールの護衛として動いてくれたし、ミュゲも刺客討伐に協力してくれたのである。
「……念の為ってことでヒーアリック・アダルバートを護衛につかせたが、いらなかったかもな」
「でも、あの騎士さんも楽しんでるように見えたのさ!いい気分転換になってくれてるならいい事なのさね!」
「……どーみても楽しんでねーだろ、お前は今何を見てる?」
アッシュはため息をつきながら、表通りを歩くラウールとヒーアリックに目を向けた。
いちいち動きの大きいラウールに、珍しく背を少し丸めているヒーアリック。
会話は聞こえずとも、それだけでヒーアリックの状況は安易に想像出来た。
微笑ましそうに2人を眺めるアッシュのローブの中から、一匹の小さな黄土色のリスが顔を出す。
「アッシュ、アッシュ!今日のオレ、えらい子だった?!」
アッシュは、突然飛び出してきては声をあげるリスを見ては、あしらいながら答えた。
「はいはい、そうだな。トビーの割には静かにしてた」
黄土色のリスーートビーは小さな右腕をアッシュにピンと伸ばして、張り切った、よく通る声をあげる。
「あ!オレ知ってる!それ、思ってないんだろ?ナズナが教えてくれた!」
「アイツ余計なことしやがって……」
嫌な顔をするアッシュを気にせず、トビーは小さな腕を組みながら仁王立ちをして続ける。
「『アッシュは大体、てきとうなこと言ってるから、あてにしない方がいい』って言ってた!」
「すっごい教育してるのさ……」
なぜか自慢気に答えるトビーに、ミュゲも呆れ声を漏らす。
そして彼女は、何かを思いついたように右手の人差し指を立てた。
「あ、そうだ!今度はナズナも入れて職人街来ようのさ!絶対楽しいのさね!」
「いいね!アッシュ、オレもまた来たい!今度はいい子にしないぞーっ!」
二人は、キラキラと輝かせた目を真っすぐアッシュに向ける。
だが、アッシュそれに動じることなく、はっきりと告げた。
「……却下。俺の手間増やされてたまるか」
「「えぇ〜〜」」
ミュゲとトビーはアイコンタクトを交わし、分かりやすくアッシュに嫌味を言う。
「ねぇ、トビー。アッシュ意地悪なのさね?」
「そうだそうだーっ!アッシュの意地悪っ!」
「あーあ、折角晩飯代珍しく出してやろうとしてたのに。もう出さねぇ」
「あー!嘘!嘘なのさ、アッシュ!と〜っても!アッシュは優しいのさね!」
必死に弁明をするミュゲを横目に、アッシュは職人街の風景を眺めた。
無数のレンガ造りの煙突が、まるで不揃いな杭の林のように視界を埋め尽くす。
一日の労働を終えつつある街の上では、煤けた雲が夕日を浴びていた。
すると、ある建物の4階。
高所の屋上同士をつなぎ、資材を運搬するために空へ突き出ていたトラス構造の巨大なアーム。
それが突然、不気味な軋み音を響かせ、重力を増したように落下を始めた。
「ーーミュゲ!!!」
突然の出来事に、アッシュは思わず声を荒らげながら立ち上がる。
「ふぇ?」
ミュゲは、焦るアッシュとは反対に、何事かというように首を傾げた。
何の予兆もない。
だがアームは、物理法則を無視したようなまさに狙い澄まされた速度で落下している。
そしてその真下にはーー上を見上げ完全に硬直しているヒーアリックがいた。
アッシュが瞬間的に、テラスの柵に身を寄せ、何も無い虚空を搔きむしる。
だが、何も起こることはなく、巨大なアームはヒーアリックに目掛けて一直線に落下していた。
「……は?」
アッシュは何も起こらない現状に、動揺を隠せない。
(……どういうことだ……?どうすればいい?どうすれば助けられる……!?)
このままではヒーアリックは死ぬ。
だが、この状況をどう打破すればいいのだろうか。
生憎、アッシュにはおそらく打つ手がない。
だが、だからといってこのまま彼を見捨てるわけにもいかない。
焦るアッシュがそう思った矢先、瞬時に状況を飲み込んだミュゲが声をあげた。
「アッシュ、風!風を起こすのさ!早く!!」
彼女の言葉にアッシュは頷き、急いで表通りに向かって魔法で風を起こす。
アッシュが吹き起こした緩いその風は、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の背中をやさしく押し、その足取りをわずかに速めさせている。
そして、ヒーアリックの頭上に落ちる寸前、本来ならば垂直に落下するはずの巨大アームは、風により軌道を大きく変えた。
アームは鈍い音を立てながら、表通りにある一角の工房へ直撃する。
轟音とともに建物の壁面が大きく崩れ去り、煙幕のような砂塵が周囲へ一気に広がり、直撃を受けた工房の木材や機械の破片が表通りへと激しく飛び散った。
ざわめきが波のように広がっていく。
崩れ落ちた工房の建物と散乱する破片を囲むように、あちこちで視線が交わされ、状況を把握しようと不安げな声が交わされた。
「おい、いまのなんだ!?」
「大丈夫か!? 誰か下敷きになってないか!?」
悲鳴混じりの怒号が飛び交い、怪我人を探そうと走り出す者などで現場は混乱を極めた。
その様子を上から見ていたミュゲは、力が抜けたようにウッドデッキに座り込む。
「……ま、間に合ったぁぁあ〜!」
「……あっぶねぇ……」
そう呟くアッシュの横顔に、安堵の影が差す。
疲れ果てた顔をするミュゲは、アッシュに問いかけた。
「……アッシュ、今日は殿下じゃなくてあの騎士さんが死ぬ日だったのさね?」
「……知るか。アイツの未来まで見張ってる暇はねぇんだよ……」
アッシュは深く息を吐き出し、顎に手を当て、瓦礫の山をじっと見つめていた。
ただ混乱を眺めているのではなく、何かの違和感の計算を巡らせているようにも見える。
「……ミュゲ。俺らにはやらなきゃいけないことが出来たみたいだ」
「……それは国の為なのさ?」
ミュゲの言葉にアッシュはフッと短く鼻で笑うと、不敵な笑みを浮かべた。
「……いや。他でもない、俺の未来の為だ」




