3-7 次期国王の姿
職人街の薄暗い路地裏でミュゲとアッシュによる鮮やかな撃退劇が繰り広げられたおかげで、ラウールたちは無事目的地へ辿り着いていた。
職人街の最奥に位置する、3階建てのレンガ造りの建物。
ルミエール王国の経済発展を昔から支えて来たという老舗工房の壁には、ひどく年季が入り時折ヒビも入っている。
工房内は外観とは打って変わり、最新の顕微鏡やフラスコが並んでいて、大きな窓ガラスから白い漆喰の壁に明るい太陽光が差し込んでいた。
そんな魔力結晶工房には、先ほどまでの賑やかな表通りとは打って変わり、張り詰めた沈黙が流れている。
「ーー必要な素材の融通は私が約束する。だから、精霊祭に間に合わせてくれ」
威厳のあるラウールの声が、工房内に低く、だが驚くほど重く響き渡る。
その佇まいには、ガラス工房で無邪気に目を輝かせていた少年の面影は微塵もない。
冷徹で、圧倒的な威厳を放つ次期国王の目が、職人たちの代表である頑固そうな老職人を真っ直ぐに見据えていた。
「……殿下。滅相もないお言葉ですが、我々職人は口約束だけでは動きません」
老職人は、粉塵を防ぐゴーグルを握り締め、真っ直ぐにラウールの視線を受け止めた。
その背後には、腕を組んで気圧されながらも意地を通そうとする、革エプロンを着た若手職人たちが控えている。
「魔力結晶の純度を上げるには、通常の倍以上の聖銀の触媒が必要です。
ですが現在、隣国との交易不調により市場の聖銀は底を突いている。それを『融通する』と仰る。しかし、もし納期までに届かなければ、責任を取らされるのは納期を破った我々職人だと仰るのでしょう?」
確実な保証がなければ動かない。
職人としてのプライドと、国への不信感が入り混じった鋭い要求だった。
だが、ラウールはふっと薄く微笑む。
「……なるほど、もっともな言い分だ。では、これでどうだ?」
ラウールは懐から、細緻な意匠が施された王家の紋章入りの書状を取り出し、作業台へと滑らせた。
「これは、私が本日付で発行した王命の特例受領書だ。
もし、日没から1週間以内に王家から約束の素材がこの工房に届かなかった場合、今回の納期遅延の責任はすべて私個人が負う。さらに、職人街の被った損害に対し、王室の私費から通常の三倍の賠償金を支払うと明記してある」
「三倍……!?殿下、それはさすがにーー」
老職人の目が驚愕に見開かれる。背後の職人たちからも、どよめきが沸き起こった。
「ーー勘違いするな」
ラウールは重く、冷徹に言葉を遮った。
その瞳には、容赦のない未来の統治者としての光が宿っている。
「私は慈善事業をしに来たわけではない。
対価を支払う以上、私が求めるのは完璧な成果のみだ。もし素材が届いたにもかかわらず、精霊祭の当日に一分一秒でも納期が遅れる、あるいは結晶の純度が格落ちするようなことがあればーーその時は、この工房の持つすべての特権を剥奪し、王都からの退去を命じる」
極上の飴と、首筋に突きつけられた冷たい刃。
それは、退路を断って職人たちの命を買い叩く、冷酷極まりない国家最高峰の交渉術だった。
「……条件は提示した。好きに選ぶといい」
ラウールが言い終えると、工房内は痛いほどの沈黙が支配した。
老職人はじっと作業台の書状を見つめ、やがて深々と頭を下げる。
「……承知いたしました。そこまで仰るならば、我ら職人の意地、殿下にお見せいたしましょう。納期までに、最高の魔力結晶を揃えてみせます」
「……ああ。頼んだぞ」
ラウールは満足げに頷くと、後ろに控えていたヒーアリックの方を振り返った。
「ヒーアリック。もう用は済んだ。城へ戻るぞ」
「承知いたしました」
最後まで威厳を保ち続けるラウールに、ヒーアリックは一礼をしながらも圧倒されていた。
普段どれだけ自分勝手でマイペースなラウールは、ただの青年ではなく、紛れもないルミエール王国の次期国王なのだ。
ラウールの王家の紋章が入ったマントがゆらりと揺れる。
ヒーアリックは、満足気に歩き出したラウールの後を国最高峰の騎士団長らしく追った。
工房出ると、表通りは赤黒い西日に照らされ始めていた。
平和で活気のあるその通りには、先ほどまで工房内で重苦しい空気のやり取りが行われていたことをすっかり忘れさせる。
「ヒーアリックよ!見たか!!我の演技、さぞ素晴らしかっただろう!?」
工房を出ては、いつもの様子に戻ったラウールが、嬉しそうに語りだす。
「どうだ!あの完璧な間合い、息をのむような威圧感!我ながら素晴らしい威圧を誇れた!!」
両手を広げて自画自賛を破裂させるラウールの姿に、ヒーアリックは微笑んだ。
「……確かに見事なご演舞でございました。ですが、街中で大声で『演技だった』などと叫ばないでいただきたい。あのお姿こそが、紛れもない未来の国王としての殿下の一面なのですから」
「……フッ、くくく……ハハハハ!」
ラウールは突如としてピタリと足を止めると、西日を背にドラマチックに片手で顔を覆い、大袈裟な高笑いを響かせた。
「よくぞ見破ったな、ヒーアリック!然り……それこそがこの我内に秘められし『真なる覇王の威光』!貴様もようやく、王となるべきこの我の圧倒的な偉大さを正しく理解したと見える!」
どこからか幻の風でも吹いているかのようにバサリとマントを翻し、ドヤ顔でキリッとポーズを決めるラウール。
あまりの調子の乗りっぷりと、見事なまでの中二病全開な挙動に、ヒーアリックは痛むこめかみを指で押さえた。
(……完全に変なスイッチを入れてしまった……)
ヒーアリックは重い溜め息をつくと、あらかじめ余計な口を挟むべきではなかったと深く後悔する。
夕暮れの風が通りを吹き抜け、ヒーアリックは、はっとするように顔を上げた。
彼はマントの下で剣の柄に手をかけたまま、ギロギロと鋭い視線を周囲の路地裏や通行人に走らせる。
(……それにしても、本当になんの呪いも起きないな……)
ラウールが職人とやり取りをしている間、ずっと全神経を尖らせていたのだが、結局、未だ『日没までに死ぬ確率100%』という不気味な呪いの予兆は何もない。
(……本当に、このまま何も起こらず終わるのか……?)
あまりにも都合よく、完璧な平穏が保たれている現実。
それが逆に、ヒーアリックの深読みと胃痛を加速させる。
「ヒーアリック、怖い顔をしているぞ?せっかく職人街に来たのだ!あそこの美味そうな串焼きでも食べていかないか?」
「殿下、お願いですからこれ以上寄り道しようとしないでください……。自分の胃が限界を迎えます……」
必死の形相で懇願するヒーアリックを前に、ラウールは「お前は本当に心配性だなあ」とケラケラ笑いながら、再び王宮の方へと歩き出した。
「よし、では城へ戻るとしよう!今日は本当に素晴らしい一日だった!」
「……はい。御意に、ございます……」
満足気に歩き出したラウールとは反対に、最後まで気の抜けないヒーアリックは背に冷や汗を滲ませながら王宮へ歩き出した。




