《幕間》まことしやかな噂に怯えた刺客
刺客たちが縛り上げられ、打ち捨てられた薄暗い路地裏。
そこには痛々しいほどの静寂が漂っている。
「……ぅ……っ」
どれほどの時間が経過しただろうか。
擦り切れた灰色のローブを纏った男が、激痛とともに意識の底から浮上した。
自身の放った重力呪力の反動と、膝までを蝕んだ凍傷のような激痛。
全身の関節が悲鳴を上げ、冷え切った空気が乾ききった喉をやすりで削るように通り抜けていく。
「……っ、……おい、起きろ……!」
掠れた声で隣を突き散らすが、巨大な戦鎚を失った大柄な男は、白目を剥いたままピクリとも動かない。
息はしているようだが、完全に意識を断たれていた。
男は歯を食いしばり、壁に背を預けながら拘束された腕を動かそうと試みる。
だが、アッシュの手によって施されたロープの結び目は、解こうと抗えば抗うほど手首に食い込み、逃げ道を塞いだ。
(ふざけるなっ……!なんだあのガキは……!氷の魔術を使っていた……。それに、あの奇妙な術の干渉は一体何だったんだ…...!)
刺客としてのプライドも、ルミエール王国への野心も、すべてが泥塗れに踏みにじられた。
標的であるラウールの怯えた顔すら拝めず、護衛であるヒーアリックに呪符の魔術を発動させることすら叶わなかった。
怪しげな少女に、手も足も出ずに一瞬で片付けられたという屈辱。
「くそっ、覚えてろよ……!あのクソガキが……!!」
男は必死に怨嗟の言葉を吐き捨てた、その時だった。
カツン、と。
路地裏の入口から、静かな靴音が響いた。
暗闇の奥から現れたのは、仕立ての良い正騎士服に身を包んだ一人の大柄の男。
その深い藍色のマントは、剣を抜く右腕の動きを妨げないよう、左肩だけに纏う片肩掛けの仕様。
縁には、魔法攻撃を軽減する、防魔刺繍が銀糸のラインとしてシンプルに施されており、白い魔獣革の手袋を嵌め、腰元には、制式剣が静かに 携えられている。
すっかり日の落ちた表通りの華やかな街灯を背に受け、その男の顔は影になって見えない。
だが、その胸元で鈍い光を放つ紋章を目にした瞬間、刺客の男は全身の血の気が引いていくのを感じた。
間違いようがない。深い藍色の生地に刻まれたその金色の刺繍は、ルミエール王国騎士団の象紋だった。
「……あ、が……っ」
「黙れ。騒ぐな」
凍りつくような低い声。
騎士の男は、転がっていた漆黒の戦鎚を足先で軽々と突くと、冷徹な視線を刺客たちに向けた。
「……時期国王様の道中に鼠が紛れ込んでいると報告を受けて来てみれば。……急いで損をした、……私の出番はないようだな」
「お、お前……、王国騎士団のやつか……!?」
刺客の男が掠れた声で問うと、騎士はフッと冷たい笑みを浮かべ、腰の剣に手をかけた。
カチャリ、と硬質な音が微かに響き、刺客の男はビクリと無意識に肩を震わせる。
「お前の質問に答える義理はない。これから私の部下も来るはずだ。貴様らが誰に雇われ、何を企んでいたのか。その辺りについては、後の取り調べでじっくり聞かせてもらうとしよう」
「お、おい、待て!俺たちはーー」
「案ずるな。騎士団長様自らがお前らの取り調べをしてくださるだろう」
「ひぃ……っ!」
その言葉を聞いた途端、男は再びビクリと肩を震わせた。
頭をよぎったのは、まことしやかに囁かれる『ルミエール王国騎士団長』の恐るべき噂だ。
「たった一振りの剣圧で城門を粉砕した」「あの【暗殺の魔女】を冷酷に討伐した」ーーそんな人間離れした強さを持つ、国最凶の怪物。
捕まってあの男の前に引きずり出されれば、ただ死ぬより惨烈な結末が待っていることは容易に想像がついた。
目の前の片肩マントの騎士が見せる冷徹な瞳。
そして、その背後に透けて見える絶対的なトップの影。
「ひ、……ぃ……っ」
男の口から、情けない悲鳴が漏れる。あまりの恐怖に、刺客の男はまともに武器を握ることすらできず、まるで死刑台の階段を見上げているかのように、ただガタガタと無意識に膝を震わせるしかなかった。




