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暗殺の魔女は、若菜を摘む。  作者: 彩奈杏
03.職人街編
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3-4 路地裏の思惑


 ローブを深く被った1人の少女――ミュゲが、職人街の賑やかな表通りから一歩奥へ踏み入れた。

 

 高くそびえる古いレンガ造りの建物に挟まれてたその細い路地には昼間でも深い陰が落ちている。

 見上げれば、張り出した出窓や洗濯物、干された染物の布が複雑に交差し、切り取られた青空が細い線のように見えた。


 ミュゲが深呼吸をすると、金属を焼き入れる際の焦げた油の臭い、なめし革の独特な香りが入り混じった匂いがツンと鼻をさす。


 音もどこかこもって響き、カンカンと響く重い金槌の音も、職人たちのぶっきらぼうな話し声も、まるで通りの地鳴りのように地響きを立てていた。

 

 そんな路地に入り込んだミュゲが深く被っていたフードをとれば、ワイン色のリボンで結われたブロンズ色のポニーテールの髪がゆらりと揺れる。

 

「ミュゲ」


 突然、ミュゲは背後から声をかけられた。

 彼女はその声に振り返ると、そこには珍しく、端正な顔立ちを隠すように深く被っていたフードを取っている、アッシュがいた。

 美しいシルバーグレーの髪をセンター分けにしたアッシュの澄んだ赤い瞳が、ミュゲを静かに見つめている。

 

「アッシュ!先に来てたのさね」

 声をあげたミュゲはアッシュの元へ駆け寄った。

 

「ナズナと一悶着あったが、一瞬で片付けてきた」

 アッシュはため息をつきながら、いかにも自分が優位に立ったかのように見栄を張ってみせた。

 

 実際は、ナズナの喚き声に付き合うのが面倒になって窓から飛び降りてきただけなのだが。

 

「まーた喧嘩したのさ?……まぁでも、喧嘩するほど仲がいいってことなのさね!」

「……勘弁してくれ……」

 ミュゲのいらないポジティブ思考に、アッシュは本日一の盛大なため気をつきながら、周りを見渡す。

 

「……この辺は誰もいなそうだな」

 アッシュは、周りに誰もいないことを確認すると、薄汚い灰色のコンクリート壁に背を預けた。


「……ミュゲ。殿下は今頃ガラス工房にいるはずだ」

「そのガラス工房でなにが起こるのさ?」


 ミュゲが不思議そうに首を傾げると、アッシュはどこか遠目になりながら肩をすくめた。

 

「……いや、ただの殿下の買い物イベントが発生するだけだ」

「……御幸で来てるんじゃなかったのさ?」

「覚えておけミュゲ。王族ってのは自由なんだ」

「はぁ……」


 呆れ果てたミュゲに、アッシュはふっと真面目な顔に戻って言葉を続ける。

 

「とにかく、今のうちに刺客の場所を特定するぞ。ミュゲ、お前の出番はその後からだ」

「らじゃー!」

 

 ミュゲはビシッと頼もしく胸を張る。

 アッシュは、威勢の良いミュゲの声に少し微笑むと、二人は再び職人街の入り組んだ路地裏を歩き出した。




 薄暗い裏通りの深い陰に、二人の影が音もなく溶け込んでいた。


 表通りの賑やかさが遠くにくぐもって聞こえるこの場所で、彼らは周囲の気配を完全に消し去り、じっと獲物の動向を窺っている。


 1人は仕立ての悪い、薄汚れた灰色のローブを深く被った小柄な男。

 衣服の擦れる音さえ立たない特製の布地を纏い、その懐には不気味な呪符の束を忍ばせている。

 

 その隣で、黒い鉄のフルフェイスの兜を被ったまま巨大な石壁に背を預けているのが、相方の大柄な男だ。

 その背中には、職人街の重い空気にすら馴染む、武骨で巨大な漆黒の戦鎚が背負われていた。


「おいおい、あの野郎、ガラス工房に入っていったぜ?寄り道か?」

「なに、なんの問題もねぇ。目的地はわかっているんだ。それまでに殺せばいい」


 石壁に寄りかかり、漆黒の戦鎚に手をかけた大柄な男は、兜の奥から光る不気味な視線を表通りの喧騒へと向けていた。


 彼らの標的は、今まさに何も知らずに硝子細工を愛でている男――ルミエール王国の第一王子、ラウール・フォン・ルミエール、ただ1人。


「だが、あの金髪の騎士が付きっきりだ。あれをどうにかしねえと、近づくことすらできねえぞ」

 灰色のローブの男が、懐の呪符を指先で弄びながら、忌々しそうに低く吐き捨てた。


「フン、あの男なら問題ない。俺たちが持ってきた特別なその魔導具さえあれば、最高峰の騎士団長とて殿下の盾になるだけで手一杯になるはずだ」


 大柄の男がそう呟くと、灰色のローブの男の手元で、赤黒い呪符が不気味に熱を帯びる。


 重力そのものを狂わせ、まるで見えない巨大な鉄塊で押し潰されるような感覚に陥れる悪辣な呪詛。

 これさえあれば、どんな人間であろうと呪符が放つ強力な重圧に押し潰され、悲鳴を上げるはずだ。

 

「……あのガラス工房から出たら仕留めるぞ」

 

 そういう灰色ローブを着た男は、呪符を握りしめたまま、不敵に笑った。


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