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暗殺の魔女は、若菜を摘む。  作者: 彩奈杏
03.職人街編
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3-2 護衛の難易度が高すぎる


 王都の東南に広がる職人街は、昼下がりを迎えて一段と活気を帯びていた。


 幾重にも入り組んだ複雑な路地裏には、至る所に用水路が巡らされ、水車がゴトゴトと重く規則正しい音を立てて回っている。

 その周囲には、鉄を打つカンカンという乾いた金属音や、ガラス工房から漏れる熱気が立ちこめ、あちこちから職人たちの威勢の良い声が飛び交っていた。


 王都の中心部に見られる整えられた石畳の美しさとは異なり、ここは実用本位で無骨な建物が密集している。

 無造作に積み上げられた資材や、工房から流れる生活用水のせいで道幅は狭く、荷車一台がやっと通れるほどの死角が至るところに生まれていた。


 護衛をする者にとって――死の確率100%を宣告された標的を護衛する者にとって、これ以上なく最悪な環境である。

  

「嗚呼、嘆くなよヒーアリック!この爛漫たる陽光の下、美しき我が影に寄り添うのが、お前の宿命(さだめ)なのだから……!」

 

 昇りゆく太陽の光芒を背景に、気高く交差する二振りの剣を配置した王族の紋章が金色で刺繍された、濃い紺色のマントを羽織ったラウールが、悲劇の旋律でも奏でるかのようにやたらと朗々とした低音を響かせる。


「運命で片づけないでください、殿下。これも騎士の職務です。それに、精霊祭の成功は我が国の加護に直結しますから」


 ヒーアリックは毅然と答えたが、彼はすでに限界突破を迎えていた。

 100%の死という不気味な予告とラウールのマイペースさに挟まれ、嫌な汗とともに心臓がうるさいほど跳ね上がっている。


『日没までに、お前の死ぬ確率は100%』という不気味な脅迫状。

 そして、確率をねじ曲げる未曾有の脅威。

 

 原因不明の呪いか、あるいは見えない暗殺者の牙か。すべてが分からないまま、彼はラウールの死のカウントダウンに怯えていた。


(原因が分からんのが一番もどかしい……。一体なにが、こんな不条理な呪いを殿下に……)


「うおーーーーっ!?」

 

 思考の海に沈んでいたヒーアリックは、突然響いたラウールの大声に心臓を跳ね上げさせ、反射的に剣の柄を掴んだ。

 

「殿下!?」


 身構えたヒーアリックの視線の先で、ラウールは目の前にあるガラス工房のショーウィンドウに顔を貼り付けていた。

 

「なんという魂揺さぶる詩的造形(ポエティック・アート)なんだ……!」


 目の前が暗くなったヒーアリックは、思わずみぞおちを押さえた。


 ラウールが見入っているガラス工房の中は、職人たちの手で生み出された繊細なグラスや、光を浴びて万華鏡のようにきらめく色鮮やかなガラス細工が所狭しと並んでいる。

 繊細で美しいが、一歩間違えば無数の凶器と化すガラス細工の山。

 ここで確率がねじ曲げられ、硝子の雨でも降ろうものならひとたまりもない。


 そのはずなのに、この国の次期国王たる男は、無邪気に危険なガラスの密集地帯へ身を翻している。

 

「……殿下、今がどのような状況かお忘れですか……!?四方八方すべてが鋭利な凶器になり得る場所です……!」

「分かっている!だが、あれを見てみろ、ヒーアリック!あの暁の空を閉じ込めたような青と白のグラデーションを!あの聖なるグラスで冷えた果実水を仰ぐとき、俺の喉は至福の賛美歌を奏でるに違いない……!」

「奏でません……!」

 

 ヒーアリックはあきらかに寿命が数年単位で縮む感覚を味わいながら、必死に腹部を庇った。

 

(……これほど今の殿下を近づけたくない場所もない) 

 ヒーアリックはふぅ、と息をつくと、気を取り直してはラウールに声をかける。

 

「……殿下、お気持ちは分かりますが、まずは職人たちとの交渉が先決です。ここは一度ーー」

「近いうちに母上の生誕記念日もあるからな!母上が気に入ってくださりそうなものも探そう!」

 

 ラウールは嘆く騎士団長を尻目に、ずんずんとガラス工房内へ足を踏み入れていれた。

 

「……王妃様の生誕記念日を祝うためにも、まずは生き延びてください、殿下!」

 ヒーアリックは寿命を削る思いで、冷や汗を拭いながら、その背中を追いかけるしかなかった。


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