2-3 恐るべし聖女の正論
「では、本題へ移ろう。王都にて観測された未曾有の脅威についてだ」
「じゃあ、僕から報告させてもらおうかな」
吟遊詩人、フェリス・トルヴァルドは軽やかな足取りで席から立ち上がった。
「この前の緊急会議で、エドくんが報告してくれた『確率を捻じ曲げる未曾有の脅威』について。観測魔導具の結果を、エドくんとよく調査したら、発生源が特定できたんだ」
フェリスはそう言うと、王都内の地図を卓上に広げ、ある特定の地区を指で指した。
「発生源は、王都西郊の商業都市。ここで観測魔導具は『確率が捻じ曲げられる』というのを捉えた」
「他に何か分かったのです?」
ルナリアが眉をひそめて問うと、フェリスは空色のウルフ髪の頭を揺らした。
「うん。極小の確率でしか起きないはずの事象が、その領域内では100%の確率で固定化されている」
「実例を言えば、『くじ引きで毎回特賞が出る』とか、『ガラクタでも、売りに出せば必ず飛ぶように売れる』とかね」
「……ただの魔力異常ではないな。商売の根本そのものを捻じ曲げている」
国王が険しい表情で呟く。
「つーか、そんなことが商業都市で起こってるのが問題だろ。商売狂わされてるってことだよな?」
操獣師が退屈そうにグレー髪をいじりながら言えば、向かいに座るギルバートが困惑気味に眉をひそめた。
「けどさ?みんな欲しいもの買えたり、簡単にお金が手に入るなら、それはそれでハッピーじゃ?」
「相変わらず浅薄なお考えですね、ギルバート殿」
ルナリアの冷ややかな声が、ぴんと張り詰めた空気とともに会議室に響く。
「特賞がで続ければ店は破滅し、物の価値が矛盾すれば、本来の経済状態は破綻します。経済の仕組みを理解なさらないから、貴方様はすぐ予算を使い倒すのですよ」
ルナリアの完璧すぎる正論を前に、周囲からは「いいぞ、もっと言え」と言わんばかりの同情ゼロな視線がギルバートへ注がれる。
「んぐっ……!」
「目先の喜びに惑わされ、経済が崩壊することがハッピーだとでも?」
氷のように厳しい眼差しで痛いところを連続で射抜かれ、ギルバートはぐうの音も出ずに小さく縮こまる。
「えーと、すでに一部の商店主から混乱の声も上がっているみたいで。市場の平穏を保つためにも、早急に原因を突き止めなきゃね」
一度言葉を切ったフェリスは、軽いトーンを少し真面目な響きに変える。
「実は僕、実際に都市に赴いて、被害に遭った商人に話を聞いたんだ」
軽妙さを消したフェリスの声に、全員が耳を傾けた。
「そしたらなんと、どの店も『少女が来てから』って言うのさ」
「……少女……?」
その単語が出た途端、ヒーアリックの心臓が跳ねた。
脳裏に浮かぶのは、あの黒き森で出会った少女――ナズナだ。
考えてみれば、この未曾有の脅威が発見されたのは、彼女が黒き森を出て、王都に住み始めてからのこと。
冷や汗が背中に伝うのを必死に堪えながら、ヒーアリックは息を飲む。
「うん。深々とローブを被った、素顔の分からない少女。ただ、店ごとに口調もローブの色もまるで違う。到底、同一人物とは思えないんだよね」
「ハッ。姿を隠して概念を捻じ曲げるとはな。タチ悪ぃ」
鍛冶師が太い腕を組み、不機嫌そうに吐き捨てた。
「おそらく、未確認の古代魔導具や魔導書を持っている者でしょうね」
精霊使いが声を引き締めて推論を口にした。
「ん〜。オレはよう分からんが、こういうのは専門家のギルバートに意見を聞くのが得策だろ」
「ん、え、おれ!?」
悪びれもせず言い放つ操獣師の突然の問いかけに、油断しきっていたギルバートは肩を跳ねさせた。
そんなギルバートを見たルナリアが彼に冷ややかな視線を向ける。
「もしかして答えられないのですか?ギルバート殿」
彼女は、一切の情を排した静謐な声で、正論を叩きつける。
「もしそうであれば、本当にただの予算泥棒にもなりかねませんね。成果も知識も出せない貴方に、我が国の貴重な税金を投じる余裕など何処にもございません」
「うぐっ……!?」
氷のように冷ややかな微笑みを浮かべたルナリアの一言は、ぐうの音も出ないほど完璧な事実であり、まさに胸をえぐるような一撃だった。
(……まぁ、日頃の行いだな……)
普段から適当な理由で予算を使い込んでいる同僚の姿を、ヒーアリックは呆れ混じりに眺める。
絶句して小さく震えるギルバートを、ヒーアリックは呆れ混じりにそう確信した。自業自得という言葉しか浮かばない。
「ギルバート殿。これからはもう少し態度を改めるようにしましょうね」
精霊使いの言葉に、会議室を押し包んでいた凄まじいプレッシャーがわずかに和らぐ。
助け舟のつもりかそれとも追い打ちか。
どちらにせよ、ギルバートは「は、はい……善処します……」と青い顔で頷くのが精一杯だった。
「それで。この脅威について、貴方の見解を聞かせてくださる?」
「あー、今の推論でほとんど間違いないと思う。1つの都市全体の範囲を指定できる魔術なんて存在しない。それに、そもそも確率変動なんて魔術ないし」
「だからこそ、未確認の魔導具などが関わっている可能性が高いということか」
ヒーアリックの呟きに、ギルバートは「そう!それが言いたかった!」と大きく頷いた。
「ふむ……。魔術師のギルバート殿がそう言うのであれば、単なる自然現象やハプニングの類ではないということは確かですね」
エドガーは卓上にある魔導具の最新計測データが記された羊皮紙をじっと見つめる。
「……ゴホン」
国王が重々しく咳払いをし、再び場の空気を引き締めた。
「エドガー、フェリス。引き続き現地での観測と追跡調査を継続せよ。そしてギルバート」
「は、はいっ!?」
「お前も魔術師として調査に同行し、遅れている分の成果を示せ。よいな?」
「ええぇぇ!?おれも現場検証行くんすか!?」
ギルバートの悲鳴を余所に、国王は頷くと会議の幕を下ろした。




